43話 不可解なアルメリア【ディアブルス視点】
おかしい。
非常におかしなことが起きている。
いや、おかしいというよりも不可解というのが正解か。
「ディアブルス様。なんだか気に掛かることでもございますか?」
私の執務室で別の仕事をしていたシルベスタがそう声を掛けてきた。
「ん? あ、ああ、いや……」
「先ほどからあまり聞いたことのない、深い溜め息を五回も漏らしております。何か杞憂でもございますか?」
「私はそんなに溜め息を漏らしていたのか……」
「はい。まるで恋に悩むうら若き乙女が如く、それはもう、はあ、ふう、ほお、と」
「そ、そんな風に溜め息を吐いてなどいない!」
「さようですか。で、どうされました?」
「べ、別になんでもない」
「そんなわけないでしょう。このシルベスタでよければ悩みを聞きますぞ?」
「……別に悩みなど」
「アルメリア様」
思わず私はビクン、と身体を反応させてしまった。
「で、ございましょう?」
くそ、シルベスタの奴め。わかっていて私に聞いてきたな?
相変わらず底意地が悪い。
「……何故、そう思う?」
「最近のディアブルス様の悩みなどアルメリア様に関すること以外であるわけがございませんから」
「そんなことはない。領地のこと、領民のこと、我が国や近隣国との関係性、事業計画、それになんと言っても新しい魔導研究や……」
「んなこたぁどうでもいいんですよ」
「ど、どうでもよくはなかろう!?」
「いいんです。それよりもディアブルス様は真剣にアルメリア様について頭を悩ませてる。それが一番大切なことです」
「む、むう……」
「で、アルメリア様について何がお悩みなのです?」
「……だから別に悩みなんて」
「いいからさっさと仰ってください。クソめんどくさすぎます」
「シ、シルベスタ! お前最近少し私に対する態度というものがだな……!」
「あーはいはい私がわるぅございました。で、アルメリア様についてどうされたんですか? 聞いてやりますからさっさと仰ってください」
「く、くそ……」
シルベスタの奴、最近アルメリア絡みのことだと妙に嬉しそうに上から目線なのが余計頭にくる。
だが、シルベスタの言ってることが間違っていないのもまた頭にくる。
「……アルメリアが変なのだ」
そう。
アルメリアの様子がおかしいのである。
理知的な彼女とは思えない不可解な行動を、私は数多く見受けているのだ。
「変? とは?」
「数日前くらいから、変なのだ」
「だから変とは何がですか?」
「具体的に言うとだな、まず五日ほど前のことだ」
「サフィリア様が帰られた翌々日ですな」
「うむ。その日の早朝、私がダイニングに行くとアルメリアはすでに食事を済ませ終えていて、執務室で仕事を始めていたのだ」
「確かにいつものアルメリア様は、ディアブルス様が来るまで先に食事は摂らずに待っていますな。ですがその翌日からは朝食をご一緒にされていたようですが?」
「うむ。だが食事の時、彼女がほとんどこちらを見なくなった。しかも仕事以外の話を全くしなくなってしまった」
「ふむ。アルメリア様もディアブルス様から任されている執務が大変で余裕がないのでは?」
「そうなのだろうか。いや、それだけではない。前までは私がアルメリアの様子を伺いに彼女の執務室へ向かうと元気よくすぐに扉を開いてくれたのだが、今は扉を開いてはくれず、扉越しに要件を聞いてくるようになってしまったのだ」
「それは些か失礼ですな。アルメリア様にきちんと叱責してみては?」
「それが……私もさほど大した用事でもないのであまり強く言えん」
「ああ、まあ確かにディアブルス様は用もなくアルメリア様の執務室に向かわれることが多いですからな」
「べ、別に用も無しに行っているわけではないぞ? アルメリアが無理をしていないか心配して様子を見に行っているだけだぞ?」
「さようですか。でもまあ、それほどまでにアルメリア様のことがだぁい好きであるのなら、はなっからアルメリア様に素直に愛をお伝えすれば、別に用もなく会いに行っても不審がられませんぞ?」
「だだ、誰がだぁい好きかッ!」
「どう見たってだぁい好きでございましょうが。それともアルメリア様のことはなんとも思っていない、と?」
「馬鹿者! アルメリアは私の正式な妻でありとても感謝している。なんとも思っていないはずがないだろう」
「じゃあやっぱりだぁい好きなんじゃないですか。ったく、思春期真っ盛りの子供じゃあないんですから、そんなクソくだらねーことでいちいち悩まないでください。めんどくさ」
「めんどッ!? シ、シルベスタ、お前、最近本当に口が悪いぞ……」
「仕方がないでしょう。我がフィンガロン家の当主たるお方がこんなにもビビりくんなのですから」
「誰がビビっているというのだ!?」
「あなたですよディアブルス様。アルメリア様に自分の本当の気持ちが知られてしまうことを恐れているのでしょう?」
「な、何を馬鹿なこと」
「ディアブルス様。真面目な話、きちんとご自分のお気持ちを理解し、そしてそれをしっかりとアルメリア様にお伝えになられることです」
「馬鹿者。そんなことをしてアルメリアが怯えてしまったらどうするのだ? こんな私に言い寄られたせいで離婚を申し出されたらどうすればいいのだ?」
「ディアブルス様。こんなって言葉は良くないとよくご自分で仰っておりますよね?」
「う、うるさい。私は事実こんな顔なのだから、こんな、の使い方は合っているからいいのだ」
「……で、話を戻しますが、要はアルメリア様に避けられてて寂しいってことですね?」
「寂しいとは言っていないッ!」
「ほう。寂しくないのならなんの問題があるのです?」
「ぐ……そ、それはだな……」
「避けられてて寂しい。もしかしたら嫌われてしまったのかもしれない。そうお思いなのでしょう?」
「……(こくん)」
「はあ……全く。恋愛経験値だけゼロ……いえ、むしろマイナスの拗らせ侯爵はまるでお子ちゃまですな」
「誰がお子ちゃまかッ!」
「あー、もういちいちツッこまんでいいです。クソめんどくさい。んなことより、嫌われてしまったかどうか心配なんでしょう?」
「……まあ、うん」
「だったら最初から素直にそう仰ってください。わかりましたよ、私が行ってきます」
「ちょ、おいシルベスタ! どこへ行く!?」
「どこも何もアルメリア様のところですよ」
「何しに行く!?」
「話を聞いてくるだけですよ。まあこれを持って行っておきますから、気になるようでしたら魔導受信機に魔力を注いで起動しておいてください。では」
「ちょ、待て、おいシルベスタ、おい、おいぃッ!!」
私の制止などまるで聞く様子もなく、シルベスタは私の魔導具のひとつである魔導盗聴器を持って、執務室を出て行ってしまった。
大変なことになってしまった……。




