36話 お母様が残したモノ
あれはまだ私とサフィリアがリードハルト王国の貴族魔導学院に通っていた頃。
若干12歳にして学院の中でもトップクラスの魔力をほこるサフィリアは、将来を有望視された我がリインカーネル家のまさしく誇りだった。
対して私はそんな彼女の姉であるというのに、魔力はごく僅かにしか持ち合わせず、貴族間におけるステータスのひとつでもある『魔力』という面で学院では最底辺の落ちこぼれであった。
「アルメリアお姉様。落ちこぼれのお姉様が私のお姉様であることが広まると、私の名誉に関わるんですの。だから学院をやめてくださらない?」
とある日。サフィリアにそう言われ、そして気づけば翌日には父のソルベントの手によって私はすぐに学院を退学させられた。
ダリアお母様には、
「あなたにはリインカーネルのお屋敷でできるお仕事を手伝ってもらいたいから」
と、優しく諭された私はリインカーネルの事務仕事を手伝うようになったが、屋敷内においてもサフィリアからはずっと邪魔者扱いされ続けてきた。
しかしコレは特別おかしなことではなかった。
根本的に貴族の子として生を授かった時、ある一定量の魔力基準値に満たない者は、そもそも貴族としては育てられず修道院に送られるのが今の世の常識だ。
『貴族とは魔力を扱うことに長けた上級国民』
これがこの世界での共通認識であった。
なので本来なら私のように魔力値がごく低く生まれてしまった貴族の子は、貴族として育てられることはほぼあり得ない。
私がリインカーネル家の令嬢として育てられた背景には、ダリアお母様のお力が強く影響している。
私の修道院行きを阻止したのは他でもないダリアお母様だった。
「この子には隠された才能があるから」
そう言い張って私を貴族の子として育ててくれたのだ。
実際は修道院に送られてしまう私を不憫に思い、咄嗟についた嘘だったのだろう。
しかしダリアお母様にはその嘘について周囲を納得させられるだけの根拠、つまり特殊な魔力が備わっていた。
それが『慧眼の才』だ。
魔力というモノには人それぞれに特徴、特色があり、四大元素の地水火風の魔力を精製しそれを物理現象として引き起こすことを攻撃魔力、攻撃魔法などと呼び、一般的な軍事利用とされる魔導師がコレに当たる。
その他の魔力に関しては様々な用途に合わせて扱われ、特質魔力と呼び、貴族たちはそれによって将来設計を決めたりされる。
お母様の魔力はその中でも突飛な『慧眼の才』という特質魔力の持ち主で、この魔力は他者の持つ様々な才能を見抜いてしまえるという、とても希少な魔法であった。
リインカーネル当主であり私の父であるソルベントはダリアお母様のその魔法で、産まれてくる我が子たちのパートナーに素晴らしい才能を持つ者を選ぶ為だけに、私の母を妻に選んだ。
兄のロンベルト、私、そして妹のサフィリアが産まれた後、ダリアお母様は身体の限界でそれ以上子は授かれないと診断された。
しかしそれからダリアお母様は、徐々にリインカーネル家での居場所を失っていった。
何故なら子が産めない身体になってしまった時期と同じ頃より、ダリアお母様の中にあった特質魔力が一気に弱まりだしたからだった。
そしてお母様の『慧眼の才』は失われた。
魔力のほぼ無いお母様と私が、高い魔力が誇りであったリインカーネル家の中で居場所を無くしていくのは当然の成り行きとなった――。
「お母様が残した唯一の成功は、私という存在をこの世に産んだことですわ!」
サフィリアは紫色のオーラを身に纏い、自身の魔力を誇示している。
「やめなさいサフィリア! そんな冷静さを欠いた状態で魔力を増幅させてはいけないわ!」
「うるさいですわ! アルメリアお姉様なんて魔力の欠片も無い癖に魔力のことを知ったかぶって偉そうに指示するんじゃないですわ!」
「やめないかサフィリア嬢!」
「サフィリアお嬢様!」
周囲からも彼女を止める声が響く。
「うふふふ! お姉様、この魔力を見てどう思いますの!? それでもまだ自分の方が上だと仰りたいんですの!?」
「私は別に上だとか下だとか考えたことはないわ! ただ、今はあなたのその魔力が暴走しないか心配なだけよ。下手をすればあなた自身が危ないから……」
「うるさいうるさいうるさい! そうやってお姉様はいつもいつもいつもイイコちゃんで! だから、だからッ! だからこんなにも魔力が高くて優れているはずの私の方をちっとも見てくれないお母様が修道院に送られるのは当然なのですわッ!」
「サフィリア、あなた何を……」
「理解できない理解できない! どうして才能の欠片もないお姉様ばかりをお母様が見ていたのか、私には全く理解できませんの! だからそんなお母様なんて要らないんですわ!」
サフィリア、もしかしてこの子は……。
「だからお姉様もお母様も、いなくなればいい! そうすればリインカーネルの誇りはリードハルト内でも不動の地位になるし、皆が私を認めてくださいますものッ!」
この子は、寂しかった……?
「ひぃいいいい……ッ!」
サフィリアの昂る魔力が次第に周辺の大気を震わせ始める。煽られる突風にフレックさんや御者が馬車の陰に身を潜ませた。
非常に不味い。これは本格的に魔力暴走を起こしかけている。
「私を否定する人たちはみんな、消えてしまえばいいんですわ!」
サフィリアが右手に魔力を凝縮させている。
アレで彼女が攻撃魔法を放てば、その対象はほぼ間違いなく死滅してしまうだろう。
やがて彼女はその手のひらを私の方へとかざした。
「やめろサフィリア嬢! 本当にアルメリアさんを殺すつもりか!? 取り返しのつかないことをするな!」
アグナス様が必死に声掛けをするが、今のサフィリアには到底届きそうも無い。
とはいえ、きっと私の声だって彼女には届かないだろう。
どうすれば、と私が悩んでいると。
「ディアブルス様!?」
私とサフィリアの間にディアブルス様が割って入った。
「姉妹の問題に口を出すのはどうかとも思ったが、さすがにこれ以上は看過できぬ」




