35話 お姉様なんかがッ!
「う、嘘……」
サフィリアが目を見開いて狼狽している。
「本当ですよ。そのお方こそ、あなたが散々馬鹿にしてきたディアブルス様です」
ケイトリンさんが誇らしげに言った。
「う、嘘よ。だって悪魔卿は屋敷からは絶対に出てこないって話のはず……」
「確かに私は執務に追われて中々フィンガロン邸から出ることは少ない」
「そ、それに悪魔卿がわざわざ私たちを助けるわけがないわ! 彼は残虐非道で人を人とも思わず研究材料にしてしまうような人間だもの!」
「何故そんなことに? 私がいつそんなことをしたのか」
「だって、あなたのところに行った令嬢たちは皆行方知れずになっているじゃない!」
「そんなことはないと思うが……」
「それに悪魔卿は悪魔に取り憑かれていて、恐ろしい形相をしているって話よ! あ、だからあなた、その変な仮面を付けているのね!?」
「それについては……なんとも度し難い」
ディアブルス様ってやっぱり素晴らしく器が広いわ。あんなに言われても全然怒る気配すら見せないもの。
でも……。
「サフィリアッ!」
私の方が我慢ならなかった。
「な、なんですのアルメリアお姉様?」
「これ以上ディアブルス様を侮辱するのはやめなさい。いくらなんでも失礼が過ぎます」
「な……何よ急に……」
「サフィリア、あなたが何をしたいのかはわかりませんけれど、ディアブルス様に対するあなたの発言だけは看過できません。すぐに謝罪し、そして彼への態度を改めなさい」
「ど、どうしたんですの? なんだかいつものお姉様らしくありませんわよ?」
「私は自分のことを言われるのは仕方がないと思ってるわ。栄光あるリインカーネル家に生まれたと言うのに魔力は乏しく、優れた才能もない。けれどディアブルス様は違います。彼の評判のその全ては歪んだ出鱈目なものばかりです!」
「な、何が出鱈目なんですの?!」
「彼は素晴らしい人格者です。魔導研究家としても優れておりますが、何よりも人として尊敬すべき心を持っています。私はそんなディアブルス様のことを敬愛し、彼の妻となれたことを誇りに思っています」
「そんなの、ただのお姉様の勝手な考えですわ! 周りが実際どう思っているか、知らないだけでは!?」
「……愚かですね。あなたは本当にアルメリア様の妹ぎみとは思えないほどの浅慮さです」
サフィリアの言葉に対して今度返事をしたのはケイトリンさんだ。
「下女ごときに馬鹿にされる覚えはないわよ!」
サフィリアは相変わらず負けん気で返す。
「もうやめないかサフィリア嬢。ディアブルス卿は誤解されやすいだけなんだ。それにキミを救った恩人であるはずのディアブルス卿に対してそれ以上の無礼は僕も看過できないよ」
そこにアグナス様も混ざってきた。
「も、もうやめましょうサフィリアお嬢様。ディアブルス卿が悪人でないなら、それはそれでよろしいではありませんか」
彼女の従者であるフレックさんまでもが彼女の説得に回り始める。
「な、何よみんなして……。わ、私が間違ってるって言うの!?」
「とにかくお嬢様、アルメリアお嬢様のことはもう関わらないように致しましょう。アルメリアお嬢様はすでにリインカーネル家からは縁切りされているのですから」
フレックさんの言葉を聞いて私も理解した。
やはり私はリインカーネル家から絶縁されていたのね。
まあそれも当然か。シオン殿下から追放されるような娘は要らないでしょうし。
そのことについてはもはや致し方ないとは思ったけれど、唯一気がかりなのはやはりダリアお母様だ。
修道院に入れられたというお母様は果たして無事なのだろうか。
「それに、アルメリアお嬢様が別の土地で幸せなら、それはそれで良いではないですか。それでサフィリアお嬢様に何か不都合があるわけではないですし」
「ふざけないでフレック! あなたに何がわかるの!? アルメリアお姉様なんかが幸せになんてなれるわけがないし、なっちゃいけないのよッ!」
「何故サフィリアお嬢様はそこまでアルメリアお嬢様にこだわるのですか?」
「私は……私にはねえ、こんなにも優れた魔力があるの! わかる!?」
サフィリアは怒りが収まらないまま、全身に魔力をみなぎらせた。
可視化できるほどの紫色をした魔力のオーラが彼女の全身を包んでいる。
魔力、というものは貴族の家系であるなら大なり小なり必ず皆、持ち合わせているが、それを具現化し可視化させるほどに濃縮な魔力を発せられる者はそう多くない。
これだけでもサフィリアの魔力の才は一目瞭然である。
「私の魔力はリインカーネル領では他に並ぶ者などいない! リードハルト王国内においてもトップクラスなの!」
「お、おやめくださいサフィリアお嬢様! そんなに魔力を昂らせては危険です!」
激しく溢れ出す魔力を身に纏いながら、サフィリアは憤慨している。
けれどあれほど感情に身を任せてしまってはフレックさんの言う通りとても危険だわ。
「お姉様には思い出させてあげますわよ! 私の凄さをね!」




