27話 侍女の告白
「アルメリア様、お加減は大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「あまり顔色が優れませんが」
マイルトン伯爵邸の応接室。
私とケイトリンさんはマイルトン伯爵との折衝に訪れ、クレディ家の使用人にそこへと案内され、少し待っていてほしいと紅茶とお茶菓子を出されて、お願いされた。
何やら少しトラブルがあったらしく、マイルトン伯爵の帰宅が遅れているとのこと。
「……色々考えてしまっていて。ごめんなさいケイトリンさん、こんなことでは駄目よね。私はディアブルス様の期待に応えなくちゃいけないのに」
「無理もありません。あんな男に突然あんなことを言われてしまったんですもの。後日ディアブルス様にきちんとお叱りしてもらうようお話ししておきます。それにあの男はどうせいつもの軽口です。決して本気になさらないでください」
それもあるのだけれど、私はダリアお母様のことやサフィリアのこと、そして何よりもディアブルス様との関係について悩んでしまっている。
アグナス様の言う通りディアブルス様からは愛をいただくことはできないのかもしれない。
しかし私はそれでいいと思って契約結婚を承諾したつもりだった。
けれど実際は……本音を言えば、彼に愛されたい。
日々ディアブルス様のことを知れば知るほど、私の中の彼への好感度は増すばかりだった。
そんな状態がずっと続いたとして、私は果たして耐えられるのだろうか。
「……はあ」
そんな風に考えると溜め息を吐いてしまう。
直後、ガチャン、とティーカップを強く置かれる音が響く。
「アグナスの奴め、本当に許せません。アルメリア様をこんな風に……! それにあのサフィリアとかいう妹ぎみにも思い知らさねばなりません。アルメリア様をあのように侮辱して……! 今度あったら必ず身の程をわからせてやります!」
ケイトリンさんが凄い形相で怒っている。
怒ってくれている。
あのケイトリンさんが。
「……ふ、あははっ」
「アルメリア様? どうかされましたか?」
「いえ、なんだかおかしくって」
「おかしい、ですか?」
「ええ。あの時もそうだったけれど、ケイトリンさんがそんなに私の為に怒ってくれていることが、ね」
「当然です。アルメリア様はディアブルス様の奥方なのです。つまり私の主人でもあるんですよ。主人を馬鹿にされて怒らない侍女がいますか?」
そうよね。
ディアブルス様を尊敬している彼女からすればディアブルス様に関係する者を侮辱されて怒らないわけがないものね。
「ごめんなさいケイトリンさん、私が至らないばかりに。こんなんじゃディアブルス様の妻として相応しくないわよね」
「何を仰るのですかアルメリア様。私はアルメリア様のことも尊敬しております。あなた様はただディアブルス様の奥様だから、という理由だけでなくあなた様自身においても敬愛すべきお方だと思っているからこそ、私は怒っているのです」
「ケ、ケイトリンさん……」
「アルメリア様はもっと自信を持たれてください。あなた様はあなた様が思う以上に優れているお方なのです。まだ短い期間とはいえ共に過ごしてわかりました」
「ありがとうケイトリンさん……」
――嬉しい。
誰かにこうやって認められるのは、フィンガロン邸に来るまで、全くなかったから。
「ア、アルメリア様!? ど、どうされましたか?」
私は思わず目頭が熱くなり、両の手で顔を覆ってしまった。
「ご、ごめんなさい。私、ケイトリンさんには嫌われているのだとばかり思っていて……」
「私はアルメリア様のことを嫌うだとか、そういう風に思ってはおりません」
「でも、やっぱりケイトリンさんからそういう風に言われるのが嬉しいの」
「……申し訳ありませんアルメリア様。少し前言を撤回させてください。私はアルメリア様のことが嫌い、というわけではありませんでしたが、アルメリア様に対して嫉妬心がなかったわけではありません」
「え……?」
「聡明なアルメリア様ならお気づきになられていると思いますが、私もディアブルス様を敬愛しております。それは女性としてという意味も含めて」
ああ、やはりそうだったのね。
それは私も勘づいていた。
それなのに彼女は私なんかの侍女をさせられて、どんな気持ちなのかを考えると、いつも私はいたたまれずにいた。
「けれど、そんな私があなた様なら良い、と思ったのです」
「え?」
「ディアブルス様に相応しくない性根の腐った女だったら、あの手この手を使ってフィンガロン邸から追い出してやろう、と私も当初は思っておりました。ですが、とんでもありませんでした。あなた様以外ありえない、と私は認めざるをえないぐらい、アルメリア様は全てにおいてディアブルス様に相応しいお方でした」
「そ、そんな……私なんかが……」
「その自信の無さだけは認めるわけにはいかないので、私はあえてそういう部分について厳しく指摘させてもらおうと思っております。ディアブルス様の妻はあなた様以外に考えられないのですから」
「……はい」
「アルメリア様、私は頑固で面倒臭い女です。ですから私が認めたあなた様が立派になられず侮辱されるのは我慢がなりません。あなた様がディアブルス様とあなた様自身を裏切らない限り、私は必ずあなた様の味方であることをお忘れ無く」
ケイトリンさんは照れ隠しなのか、少し視線を泳がせてきっぱりとそう言い切った。
凄く、嬉しい。
こんな風に私のことを想ってくれる人がいるなんて。
「わかりましたケイトリンさん、私は頑張るわ! ケイトリンさんに恥をかかせないような立派なディアブルス様の妻になれるように!」
「その意気ですアルメリア様」
ケイトリンさんが穏やかに頷いてくれた。
きっと彼女はこれまでも私を奮い立たせようとして、わざと厳しい言い回しをしていたのだろう。
私はそれをてっきり嫌われているからだとばかり思っていたけれど……。
彼女は本当に素晴らしい侍女だ。
これほど素晴らしい女性に慕われているディアブルス様は、やはり人を見抜く審美眼が卓越しているのだろう。
サフィリアに会ってしまったおかげで陰鬱な気分で迎えようとしていた折衝だったけれど、ケイトリンさんのおかげで本当に救われたわ。
「お待たせしましたアルメリア様。ただいまマイルトン旦那様が戻られました」
応接室にクレディ家の使用人がやってきた。
さあ、これからが本番だわ。




