9話 もう失敗したくない
「アルメリア様!? 一体何をされていらっしゃるのですか!?」
早朝。
この日私はフィンガロン邸のキッチンに立ち、料理に勤しんでいた。
三日前、ディアブルス様との契約結婚の取り決めが無事なされ私たちは婚約関係となった。
それから私はこの数日間、多忙なディアブルス様に代わりシルベスタさんや他の使用人の人たちからフィンガロン家での生活について色々と教えられ、学んだ。
契約に則り執務をこなすのは当然として、私はそれ以外でもディアブルス様の妻として見捨てられぬ様、まずは早起きをして手料理をふるまってみようと思ったのだ。
「あ、おはようございますルチスカさん」
「おはようございます。……ああ、じゃなくて! 何故アルメリア様がお料理などなさっておられるのですか!? そういうのは私たちがやります!」
小柄な体格とブラウンの髪色で少し癖っ毛がチャーミングな彼女はルチスカ・ヴァレンタインという名の令嬢で、彼女も私と同じくリードハルト王国から訳あってフィンガロン邸にやってきたとか。
「勝手にキッチンを使ってごめんなさい。でも毎日とは言わないけれど私にもお料理を手伝わせて欲しいんです」
「どうしてアルメリア様がそんなことを! あなた様はディアブルス様の婚約者なのですよ? 侯爵夫人であるあなた様に料理をさせるなんてとんでもありません!」
確かにその通りなんだけれど、でも私は人様以上に何か成果を出さなければ、きっとまた見捨てられてしまう――。
『アルメリア。お前は何があってもシオン殿下を失望させてはいけない。万が一そんなことがあったら、お前は二度とリインカーネル家の門をくぐれないと知れ』
『アルメリアお姉様ってば、事務仕事以外は何をやらせても本っ当に駄目ですわね。事務仕事だって、別に凄いわけじゃないんですのよ? 事務仕事だけはようやく人並みなだけなの。わかる?』
――故郷での苦い記憶が蘇る。
私はお父様や兄妹たちからも役立たずだと言われ続けてきた。
貴族なら待ち合わせて当然の魔力すらない私は、故郷のリインカーネル家の中でも疎ましく思われ、厄介者扱いされてきた。
だからこそ、私は執務以外も頑張らなくては駄目なのだ。故郷でも王宮でも見捨てられた私には、もう拠り所はここしかないのだから。
「大丈夫ですルチスカさん。私が勝手にやりたいからやっているだけで、決してルチスカさんや他のシェフたちには迷惑が掛からないようにします。だからお願いします。どうか、どうか私にお仕事を……ディアブルス様の為にお料理をさせて欲しいのです」
「ちょ、ちょっとアルメリア様! 使用人である私に頭なんか下げないでくださいませ!」
「お願いします。私は役に立たなければ駄目なんです」
「アルメリア様には類い稀なる執務能力がございます。それだけでとてもとても凄いではありませんか」
「あんなのは全然普通のことなんです。私はもっともっと頑張らないと駄目なんです。ディアブルス様にまで見捨てられたら私は……私は……」
「……アルメリア様、そんなに震えて」
私の執務能力なんて、普通なことなのだ。
たまたまフィンガロン邸にいる人たちが少しだけそういうのが苦手なだけで、探せば私以上の能力を持ちながらもっと多才で美人な令嬢はたくさんいるに決まっている。
「わかりましたアルメリア様。では、アルメリア様が作られたお料理、少しだけ味見をさせてもらってもよろしいですか?」
「ありがとうルチスカさん。ええ、味見なんて言わず、遠慮なくたくさん食べて欲しいです。美味しくないかもしれないけれど……」
私はディアブルス様だけではなく、使用人の人たちにも食べてもらえるように、大釜でリインカーネル地方に伝わる特製のビーフシチューを作ったのだ。
ルチスカさんはお皿にシチューをよそって、スープとお肉や野菜等の具材も食べてくれた。
「……ふう。ご馳走様でした」
「ど、どうでしょうか?」
「はい。とっても美味しかったです。これならディアブルス様もきっと喜んでくださいますよ」
私は思わずパァっと顔を綻ばせた。
「良かったです。お褒めいただきありがとうございますルチスカさん。今後もお料理、させてください」
「わかりました。でも、本当にたまにですよ? そうでないと私が困っちゃいますから」
「あ……そ、そうですよね。ディアブルス様が知ったらルチスカさんたちが怒られてしまうかもしれないですものね」
「違いますよ。アルメリア様のお料理がお上手過ぎて、私の出る幕が無くなっちゃうからです」
「え?」
「私もね、アルメリア様と同じ様にディアブルス様のもとへ送られた当初はただ怯えていたんです。ですがディアブルス様はすぐに私の才能を見出してくださり、こうしてフィンガロン邸のシェフとして働かせてくださいました。私は昔からお料理が大好きで、食事で誰かを喜ばせるのが生きがいだったんです」
「そう、だったんですね……」
「はい。ですからお料理をアルメリア様に奪われてしまうと私の価値が下がっちゃいます」
「ご、ごめんなさい! で、でも安心してください。私はルチスカさんみたいにあんなにレパートリー豊富なお料理は作れませんし手際も悪くて時間が掛かってしまいますから、決してルチスカさんを脅かすなんてことはないです!」
「うふふ、それは冗談ですよ。でも、アルメリア様の執務だって簡単ではないはずですから、本当にたまにだけにしましょうね。お料理のせいでそちらが疎かになってしまったらそれこそディアブルス様に怒られてしまいますから」
「はい、わかりました!」
「後それと、私どもフィンガロン家の使用人や侍女、従者たちへの敬語もやめましょう? あなた様はディアブルス様の奥様となられる方なのですから、そこらへんの上下関係の区別はきちんとしなくてはいけません」
「そ、そうですよね……」
「ほら、アルメリア様。敬語敬語」
「あ、そ、そう、よね。わかったわルチスカさん」
「はい、それでよろしいです」
ルチスカさんはそう言って笑った。
彼女はとてもきさくで話しやすく、この日はディアブルス様の朝食を一緒に準備するまで彼女と他愛もない話で盛り上がった。




