10話 心配性なのかしら?
あの日以来、フィンガロン家専属シェフのルチスカさんとはとっても仲良くなれた。
暇があれば彼女も私のもとへお話しに来てくれるし、フィンガロン邸で唯一お友達、と呼べるような関係性になれたことを私は嬉しく思った。
――それに何よりも。
「……この料理はなんだ?」
私が作ったビーフシチューを少し食べ、すぐにディアブルス様がそう呟いた時、私は自分の料理が彼の口に合わなかったのかも、と少し肝を冷やした。
「あのディアブルス様。じ、実はそれは……」
私が勝手に作った料理だと言うことを告げようとしたところ。
「独特な味付けと風味が食欲を増加させる。特にこの肉の下ごしらえや野菜には様々なひと工夫が見て取れる。この料理には食べる者への想いが感じられる素晴らしいビーフシチューだ。とてつもなく美味い」
ディアブルス様はそれをベタ褒めしてくださった。
そしてそう告げた後、本当に美味しそうにビーフシチューを食べ尽くしてくださったので、私は思わず笑みがこぼれてしまった。
「ディアブルス様。それはアルメリア様がお作りになられたのですよ」
ダイニングに訪れたルチスカさんがそう告げた。
もしも不味かったり彼の口に合わなければ自分が作ったものだとすぐに名乗り出ようと思っていたけれど、美味しく食べてもらえたのなら、私は黙っていようと思っていた。
ルチスカさんのお株を奪うのは良くないと思って。
「なに? アルメリアが? 何故だ?」
「あ、あの、私が勝手にやりました、申し訳ございません」
「いや、謝る必要は全くないが、何故キミが料理を?」
「そ、その……ディアブルス様に感謝とお礼の意味を込めて、です」
「ふむ。そんな気遣いは別にいらないのだが」
「す、すみません。差し出がましい真似を致しました。お料理はルチスカさんの方が遥かに美味しいですし、彼女の邪魔をしてしまって申し訳ございません……」
「だから謝る必要はない。……ただアルメリア、キミには覚えてもらうことが多いだろう? これから執務についてもどんどんとキミにはお願いすることが山のようにある。だから、決して私の為なんかに時間を削ってまで無理はしないでほしい。ただでさえ、私はキミに無茶をお願いするのだからな」
「は、はい。それはもちろん、契約にあった通り私はディアブルス様の執務を第一優先でこなすつもりです。そちらを疎かにすることはありません」
「そうか、ありがとう。それと、料理もとても美味しかった。ルチスカの料理も絶品だが、キミのもまた素晴らしかった。キミは本当に多才だな」
と、こうしてあの日作った料理に関してもディアブルス様はとても褒めてくださり、私は凄く幸せな気持ちになれた。
それにしても私が多才、だなんてことはない。
料理だけは少し、故郷にいた幼い頃にお母様から教わっていただけだ。
とにもかくにも、ディアブルス様に喜んでいただけて私はひと安心していた。
もうじき正式にディアブルス様の妻となるわけだし、それまでにはもっともっとフィンガロン家でのあり方を学ばないと。
●○●○●
「アルメリア、ちょっと良いだろうか?」
「は、はい! ただいま!」
私がディアブルス様から与えられた私専用の執務室で書類の整理をしていると、彼がやってきた。
私は急いで扉を開き、彼を部屋に招き入れようとしたが。
「ああ、いや、ここでいい」
「そう、ですか? それではなんの御用でしょうか?」
「うむ。執務のことで何かわからないことはあるか?」
「いえ、今のところ問題ありません。ディアブルス様が教えてくださった通りに進められております」
「そうか。今日は少し冷える。暖かいものを飲みながら、無理をせず作業を進めてくれ」
「はい、わかりました。……あの御用はそれだけですか?」
「ああ、いや、これを届けに来た。この書類も目を通しておいて欲しい。今度の事業計画書だ。できればキミの草案も付け加えてもらえればありがたい。それでは邪魔をしたな、失礼する」
と短い会話だけで終わった。
わざわざ届けにきてくださるくらいだから、きっと優先度の高い計画書なのね。先にこちらを片付けてしまおうと私は考えた。
そしてそれからまた一時間後。コンコン、と再び部屋の扉がノックされた。
「はい!」
「アルメリア、私だ」
「ディアブルス様! ただいま開けます」
「どうだ進捗の方は? 問題ないか?」
「はい。あ、先程の事業計画書のことなのですが」
「うむ。何かわからない点があったか?」
「いえ、計画書の十三頁、八行目のところに記述されたフィンガロン領の南に位置する田園区のことなのですが、どうやらいくつか間違いがあったようです。正しくは――」
「そうか、すまなかった。訂正しておく。と言うことはまさかもうアレを読み切ったのか?」
「はい」
「相変わらず恐るべき読了速度と読解力だな」
「草案についてもいくつかピックアップしてありますので、どうぞご確認ください」
「なんと、そこまで仕上げたのか。しかもこの草案も非常に事細かに……さすがだ……」
ディアブルス様は満足そうに頷いてくれた。良かった、先にそちらの方から処理しておいて。
「では早速持ち帰って草案の方を読み込ませてもらう。では邪魔をしたな」
彼は私から書類を受け取ると足早に部屋へと戻っていった。
やっぱり優先度の高い重要な書類だったのね。
私は自分の選択に間違いがなかったことに安堵し、そしてまた仕事の続きに着手した。
しかし今度もまたその一時間後。
「アルメリア、ちょっと良いだろうか」
三度、ディアブルス様がやってきた。
「はい! 今度はどうされましたか?」
「いや、よく考えたらアルメリアに与えたこの執務室は些かカビ臭いのではと心配になってな。ここはしばらく使っていない部屋だったからな。不快な部屋では作業も落ち着いてできまい。大丈夫か?」
「ああ! 全然問題ありません。お部屋を頂けた日にはちゃんと換気もしましたし、ケイトリンさんやシルベスタさんと一緒にお掃除もしましたから」
「そうか」
「はい」
「……うむ」
「えっと……それだけ、ですか?」
「ああ、いや、ちょっとこれから外に出る用事ができてしまってな。その前にアルメリアが困ったことがないかを確認しにきただけだ。キミは忙しいだろう、見送りは不要だ。それでは失礼する」
「あ、ありがとうございます。気をつけていってらっしゃいませ」
と、彼はそう言って外出したのだが、帰宅してからもちょくちょく私の執務室にやってきては様子を伺いに来ていた。
ディアブルス様はああ見えて結構心配性なのかしら?
でも、おそらくはきっと私が変なことをしないか監視をしているのよね。契約妻とはいえ、所詮私は他人だし、重要書類について私が何か悪さをしないとも限らないもの。
彼の期待を裏切らない様にしなくちゃいけないわ。
私は今度こそ絶対に失敗はしないと誓うのだった。




