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第15話‐⑩



祖父の言葉を待っていた葵は、黒い毛玉を撫でていた。

顔は見えないが温かい温もりを感じる毛玉に既に愛着が湧き始めていた。

そして、無造作に撫でていた時、その毛玉の中から二つの金色の瞳と目が合った。

葵はこれが目なのかな?とよく見ようとその目に顔を近付けた、その時ー


先程まで大人しかった黒い毛玉は、葵の顔にびっくりしたのか、葵の腕から飛び降りて車の行き交う道路に向かって行った。

それを見ていた葵は叫んだ。


「……そっち行っちゃダメ!」


黒い毛玉はその声に一瞬ビクッと身体を揺らしたが、それでも勢いは止まらず道路に向かっていく。

葵は道路に向かう毛玉に数歩の歩みと手を伸ばした。

子供の俊敏さが功を奏したのか、なんとか黒い毛玉を掴むのに成功はした。のだが……葵は歩道と道路を隔てる縁石の上を通り越していた。


「葵!!」

「っ……」


毛玉を腕の中に抱えたと同時に、今度は葵自身が強い力によって後ろに引き戻された。

その力強さにびっくりした葵は目をぱちくり。

気が付くと、祖父の腕の中にいた。

周りを軽く確認すると、祖父が先程まで持っていたビニール傘が歩道にほおり投げられており、雨が打ち付けていた。


そして、ふと自分の腕の中をみると黒い毛玉がぶるぶると震えているのが目に入った。

寒いのかびっくりしたのか、今も顔が見えないが震えているその身体を葵はぎゅっと抱きしめた。


「葵!何をしてるんだ危ないだろう!」

「っ……ご、ごめんなさい」


祖父のお叱りに葵は項垂れた。

抱えられていた葵は地面に降ろされた後、祖父を恐る恐る見上げた。

祖父は地面に転がっていた傘を再度手に持ち、葵が雨で当たらないようにさしてくれていた。

いつもならその優しさに心がほわほわするのだが、今の祖父の顔はとても怖かった。


「葵、急に道路に飛び出したら危ないだろう」

「ごめんなさい……」


少しだけ和らいだ祖父の口調に葵はもう一度謝った。

それでも怒られていることに変わりは無い。葵は抱えている黒い毛玉をぎゅっと抱きしめた。


例え、黒い毛玉を助けるためにした行動でも危ない事をしたことに変わりはない。

葵は毛玉を言い訳にすること無く自分が悪いのだと謝っていたのだ。


素直に謝る葵に祖父ははぁとため息を付いて、葵の目線に合わせるようにしてしゃがんだ。


「葵。毛玉のせいにすること無く謝ったのは偉い。だが、助けた葵自身が危険な目に合ったら意味無いだろう?」

「うん……」

「私は葵が心配なんだ。もう今みたいな行動は控えて欲しい」

「うん……ごめんなさい」


俯きながら祖父の言葉に謝っていた葵を祖父は優しく抱きしめた。

祖父の体温はとても温かい。葵はこの体温がとても好きだった。

そして、心配して言ってくれているのだと葵もちゃんと分かっていた。

葵は少しの間、祖父に抱きしめられていた。


「あれ?」

「ん?どうした?」


祖父が葵から離れ、葵は安心した気持ちで腕の中にいるはずの毛玉を見た……のだが。


「……いない」

「ん?…………本当だな…」


先程まで葵の腕の中にいて、祖父に一緒に抱きしめられたはずの黒い毛玉はいつの間にか葵の腕から姿を消していた。

居なくなった感覚もなかったので葵は首を傾げる。


「どこ行っちゃったんだろ……」

「結局何の動物か分からなかったが、居なくなった所をみると元気なのは確かなようだな……葵、そんな顔をするな、生きていたらまたいつか会える日が来る」

「…………うん」


葵は軽くなった自分の手を寂しそうな瞳で見つめていた。

そんな葵を慰めるかのように、葵の頭に大きな温かい祖父ので優しく撫でた。


「結局、その時の動物がなんの動物か分からなかったんですけど…あたしは子犬だったのかなぁて思っています。一瞬だけ見えたその金色の瞳がとても綺麗で、それ以降会うことはなかったけど…今もどこかで、暮ら…………して………………」


と、そこまで話し終わった葵は不意に言葉を止めた。

現在の毛の色は違うし、日本ではオオカミの神様で毛の色とか聞いてないので分からないけれど、ただ今の目の色と当時会った毛玉の目の色だけは共通しているのに気が付いた。

そして、当時葵に会った事があるといった白虎様の言う事が正しいのなら……


「……もしかしてその時の子犬が白虎様!?」


と、驚いてアイルの腕から離れて白虎に向き直った。


『すぅーすぅー……スピピー……』


「……」

「……」


白虎様は既に夢の中だった。

自分の白銀色の尻尾を自身の身体に巻き付けるようにして両前足に顎を乗せて眠っていた。

その鼻には息をする度に鼻ちょうちんが膨らんだり萎んだりしている。


それを見た二人は顔を見合せて軽く笑った。


そうか、だから白虎様に会った時の状況を聞いてもピンと来なかったのか。

白虎様は車に轢かれそうになっている時に助けてくれたと言っていた。

なので葵は、普通に道路に居る白虎様に車が迫っている状況を想像した。

だが実際は全然違ったのである。

道路にいる時に車に轢かれそうになった訳でもないし、最初にぶつかった相手は正確には葵だし、道路に飛び出しそうになった白虎様を助けたのは確かに葵だけれど、車に轢かれる状況にはどう考えてもなっていなかった。

確かに、道路に飛び出しそうになっていたが、それは轢かれると言うより当たりに行くといった言葉の方がしっくりくる。

それに、今思い出して見てみればあの時、黒い毛玉が道路に飛び出しそうになった時、車は走っていなかった。

むしろ、車に向かって轢かれに行こうとしてたのは葵自身だ。

黒い毛玉を助けた時、道路にはみ出していた葵に向かって車が来ていたのを今でも覚えている。


「……白虎様って適当なんだか、律儀なんだか分かりませんね」


隣り合わせになってベッドに座っているアイルに視線を向ける。


「そうですね、恩人と言っておきながら曖昧な記憶だと説得力に欠けますね」

「あははは!確かに……でもその時の恩をこの世界に来ても返すとは…何であたしがこの世界にいると分かったのかは知りませんけど、とても優しい神様ですよね」

「………………えぇそうですね」


にこりと微笑む葵にアイルは答えるようにして笑った。

少し間が気になったが気にしない。


葵とアイルは今も尚、鼻ちょうちんを膨らませている白虎を見つめながら静かに笑った。

そして、アイルは思い出した様に口を開いた。


「それにしても葵さん、本当に目が覚めて良かったです」

「え?」

「葵さんはあの洞窟の一件から二週間も眠っていたのですよ」

「……二週間!?」


アイルの爆弾発言に葵の声が部屋中に響いた。



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