第15話‐⑨
その日は生憎の雨模様だった。
ザーザーと降りしきる雨を、傘で弾きながら二人は歩道をゆっくりと歩いていた。
生憎の雨でも葵は両親の目を掻い潜って祖父と外に遊びに来れた事がとてもとても嬉しくてたまらなかった。
家に帰れば勉強ばかりの葵に祖父は気分転換にと連れ出してくれたのだ。
不甲斐ない祖父で申し訳ないと言うけれど、葵は祖父に対して愛情こそすれ憎むなどという感情は一切なかった。むしろ、そんな祖父が大好きだったのだ。
「生憎の雨だが……どこで何をしようか?」
「どこでも!おじいちゃんと一緒に行けるところならどこだって葵は嬉しいよ!」
「葵……」
そんな事を言う葵の頭を悲しそうな表情で優しく撫でる祖父。
相合傘をする二人の距離はとても近い。
雨が当たらないように祖父は葵を己に密着させ、傘を葵の方ばかり傾けるものだから自分の肩が濡れてしまっている。
それを気にする事なく祖父は葵を連れて、もうすぐ青になる信号を目に入れながら横断歩道を渡ろうとしていた。
「葵、そこの信号渡るからな」
「うん!分かった〜」
葵は目の先にある信号を見ながら元気よく返事をした。
雨で視界があまり良くないが、赤から青に変わろうとしているのを葵は分かっていた。
繋がれた手を葵は握り直して軽い足取りで横断歩道に向かっているとあと数メートル程に差し掛かった頃、信号が赤から青に変わった。
「あ、おじいちゃん!青になっちゃった!」
「ん?あぁそうみたいだな、少し早く歩けるか?」
「もちろん!」
二人はゆっくりとした足取りから早歩きに変えて、視界の悪い中横断歩道に向かう。
するとその時ー
「……あれ?」
「ん?どうかしたか?」
早く渡らないとと横断歩道を見ていた葵が声を上げた。
「なんか今、葵達が渡ろうとしていた道を黒い物が通ったような……」
葵は低学年だ。
横断歩道という難しい言葉はまだ知らない。
自分の中で知っている言葉を手繰り寄せた結果、分かりにくい言葉になったがそこは祖父である。葵の言いたい事はすぐにわかったのか、横断歩道に目を向けた。
「何か……居たのか?」
「うん……でも早すぎて何がいたのか…………うわっ!?」
「葵!?」
すると急に、祖父と繋いでいた手が離れて葵は後ろに尻もちを付いた。
何かが葵のお腹辺りに当たったためだ。
葵は雨に打たれながらも尻もちを着いた衝撃でつぶっていた目を開いた。
「いたたた……あれ?黒い……毛玉?」
「葵!大丈夫か!?」
「うん……大丈夫なんだけど……」
葵は慌てながら近くに来た祖父に答えながらも自分の腕の中にいる黒い毛玉に目線は向けたままだ。
祖父は雨の中地面にいつまでも座っている葵を不思議に思い、傘を葵に差してあげながら自分も葵の横にしゃがんだ。
「…………毛玉?」
祖父の目にもそう見えたのか毛玉と呟いた。
その言葉に葵は祖父を見た。
「黒い毛玉だよね?この毛玉が葵に向かってぶつかってきて……」
葵の身体は既にビショ濡れだ。
たまに行き交う人々がなんだなんだとこちらをチラチラ向きながらも声を掛けてくる人はいない。
葵は雨で濡れているその黒い毛玉を優しく撫でながら視線を戻した。
「生き……てるのか?」
「分からないけど……温かいよ?」
「……本当だ。確かに温かいし呼吸はしているな……ただ、目と口と鼻はどこにあるんだ?」
「わかんない……」
祖父はそっと黒い毛玉に触れながら疑問を口にした。
温かいし、毛玉が上下に揺れている事から息はしているんだと思うが肝心な顔が見えなかった。
雨に濡れて長い黒い毛がべっとりと身体にくっついているからかかき分けないと見えないのかもしれない。
ただ、四本の足や尻尾があるのは分かったので、猫や犬かもしれないと祖父は思った。
「葵、とりあえず立てるか?」
「うん!」
祖父はいつまでも濡れた地面に座っていた葵をゆっくりと立たせた。
葵の腕には謎の動物を抱えている。
葵でも抱えられるところから見ると、子供の動物のようだが何の動物だろうか。
家出の犬猫なら飼い主が探しているだろうし、どうしようかと祖父は考え込んだ。
「ねぇおじいちゃん、この子どうなるの?」
葵が黒い毛玉を優しく撫でながら聞いてきた。
濡れているので体温も下がっているだろう。
このまま雨の中置いていけば確実に弱ってしまう。
だが、葵の両親がいる神社に連れて帰る訳にも行かない。
「それはだな……」
祖父は頭の中でどうしようか悩んでいた、その時ー
「……そっち行っちゃダメ!」
「っ……!?」
先程も聞いたような葵の叫ぶ声が聞こえた。




