第15話‐⑧
葵は俯いていた顔を上げて白虎を見た。
「この世界に来てまで、祖父のお話をしてくれる存在がいるのはとても幸せな事ですね」
にこりと微笑み白虎の金色の目を見つめた。
白虎はそれに答えるように、両前足に乗っけていた顎を持ち上げて、伏せの状態で葵を見つめて答えた。
『……人間とは一人では生きていけないのだ。人と人が支え合い、お互いを拠り所として一緒に生きていく。そしてそれは世界が変わろうとも変わらないし、動物だろうと自然だろうと変わらない。皆寄り添って生きていくのだ。例えそれが人間と神という立場が違った者同士だろうとな……これからはお主の思うように生きるが良い。前の世界でやり残した事を思う存分やるが良い』
「白虎様……」
『………………それが私から葵への礼と、気付くのが遅れたせめてもの気持ちだ』
「……?」
最後何かを言ったような気がするが上手く聞き取れなかった。
葵は聞き返そうと白虎の金色の瞳を見つめるが、何事も無かったかのようにまた両前足に顎を乗せて微睡み始めた。
それを見てまぁいいかと素直に諦めた。
葵を見つめていた金色の瞳がとても力強く一人ではないのだと言ってくれているみたいでそんな事はどうでも良くなったからだ。
心の底からそう思ってくれているのだとその目を見れば分かった。
葵は白虎の言葉を頭の中で反芻した。
「これからはお主の思うように生きるが良い。前の世界でやり残した事を思う存分やるが良い」
その言葉の意味をゆっくりと理解した頃には葵の目からはぽろぽろと涙が流れ落ちていた。
「っ……あ、葵さん!どうしたんですか!?」
急に泣き出した葵を見て、後ろであたふたとするアイル。
葵は「大丈夫です」と言いながら、流れ出る涙を拭った。
「……純粋に嬉しくて」
「……嬉しい?」
「アイルはあたし達の話を半分も理解出来ていないと思いますが……あたしはこの世界に来る前は生きた屍の様な存在だったんです。大切な人を亡くし、独りになり孤独と戦い、必死に耐えようとしていました。けれど、状況は何も変わらずもう無理だと思っと時、この世界に来たんです」
葵はこの世界に来た頃を懐かしむ様に遠くを見つめた。
そんな葵をアイルは後ろから黙って見つめる。
「この世界に来た当初も勿論心は荒れていたんですけど、クレイツおじさんはそんなあたしのテリトリーにずかずかと踏み込んできて……次第に大切だと思える存在にまでなったんです……まさかこの世界でもその様な存在ができるなど思っていなくて……今思えばあたしは運が良かったのですね」
クレイツおじさんに出会えた事を本当に奇跡のようだと思っている。
あの森の中、クレイツおじさんに拾われて家について行って……もしあの時、クレイツおじさんと出会わなかったらこんな穏やかな自分はいなかっただろう。
呪いを抱えながらも、もう一度笑顔になれたのは紛れもなくクレイツのお陰だった。
「……葵さんのあの人を寄せ付けない態度や、素っ気なく笑顔の少ない態度は前の世界での出来事が原因だったのですね」
「はい…………すみませんでした。色々と失礼な態度を取ってしまって……過去に色々あったにしろ流石にあの態度はないですよね」
あははと苦笑いを浮かべながら後ろにいるアイルに謝った。
本当は向き合って謝罪すべきなのだが、今の葵にはそんな難易度の高いことは出来なかった。
ただでさえ、人と関わって来なかったのだからすぐには素直に面と向かって言えない。
少しずつ慣れていこうと心の中で思った。
「では……今の葵さんが本当の葵さんの性格ですか?」
「え?」
「今までは無理をして距離を取ってきたと言うことでしょう?わざと素っ気なく愛想の悪い態度をとって人を自ら遠ざけてきた。本当はそんなにも砕けた表情で笑うのにわざと隠してたと言うことですよね?」
「……まぁ否定はしません……祖父の前ではいつも笑っていた……気がしますから」
両親の前では笑った記憶は無いが、祖父の前ではいつも笑顔が耐えなかった気がする。
こう思うと、祖父がいた事にとても感謝をしなければならないのかもしれない。
一人でも味方がいると言うのはそれだけで救われるのだと。
ただ、どれが本当の性格かと言われたらよくわからない。
確かに祖父の前では笑顔は耐えなかったが、両親の前で笑わなかったのも、アイル達の前で素っ気ない態度をとったのも己の意思だ。
その態度に苦はなかったし、むしろその方が色々と都合が良かった。
全てわざとかと問われてもはいとは言えないし、今の笑っている葵が本当の性格なのかと問われてもはこれもはいとは言えなかった。
葵は少し逡巡してから考えるようにして口を開いた。
「今まで自分の性格について向き合って来なかったのでどれが自分の性格かはよく分からないですが…………」
と、間を置いて抱き締められているアイルの腕を解いて後ろを向いた。
突然の事でびっくりしたのか目を見開いているアイルに言った。
「今の方が気分が良いです」
と、満面の笑みをアイルに向けた。
アイルはその笑顔に数秒固まったあと、「はっ」としたかと思うと、葵を真正面から抱きしめた。
「わっ!?ちょっあ、アイル!?」
「……ズルいです葵さんは」
「へっ?」
ぎゅーと思いきり抱きついたままアイルはそう呟いた。
葵は後ろから抱きしめられていた時とは違う感覚に耳に熱が集まっていく。
恥ずかしい気持ちもあるが、こんな風に優しく抱き締めてくれる人がこの世界でもできたのだと思うととても嬉しかった。
葵はされるがままアイルに見を委ねた。
「……葵さんの叔父上はどんな方だったのですか?」
すると、その体勢のままアイルが聞いてきた。
アイルに祖父の話を振られるのは何だか違和感があったが、祖父の事を聞いてきたことにとても嬉しさが込み上げてきて表情は緩む。
「おじいちゃんですか?それはもう優しかったですよ。両親の目を盗んでは外に出かけたりもして…………そういえば、確か初めて一緒に出かけた日に……」
葵は懐かしむようにその時の出来事を思い浮かべながら話し出した。




