第15話‐②
「葵さん!?大丈夫ですか!?」
「大丈っ……ゴホッゴホッゴホッゴホッ」
大丈夫だと言いたいのに咳が止まらない。
口元を手で覆い、いつ吐血してもいいように受け止める体勢になる。
アイルは立ち上がって苦しんでいる葵の背中を優しくさする。
「葵さん、無理しなくていいですから思い切り咳してください。我慢しては返って身体に悪いですから」
「ゴホッゴホッゴホッゴホッ……ゴホッゴホッ」
アイルの前で発作なんて起こしたくなかった。
あの時は見られているとは知らなかったからそう思うこともなかったけれど、大切にされていると気付かなずにはいられなかったアイルからの温かい言葉に少なからず嬉しいと思ってしまった自分がいたのだ。
「ゴホッゴホッゴホッゴホッ」
そろそろ吐血するなと思って身構えているが一向にして吐血しない。
それに、いつも嫌なほど脳裏にあの時の嫌な場面が走馬灯のように駆け巡っていくのに今はそれがないのだ。
「ゴホッゴホッ……ゴホッゴホッ」
次第に咳の勢いが止まっていき、
「ゴホッゴホッ…………ゴホッ……」
遂には吐血すること無く咳は止まった。
(え……なんで?)
葵は吐血をしなかった事に何よりも驚きを隠せないようで、口を覆っていた手を見てみる。
やはり血は付いていない。
目をぱちくりしているとアイルはテーブルの上に用意していた水差しを差し出してくれた。
「ゆっくりでいいので飲んでください」
「ありがとう……ございます」
素直にそれを受けとり、咳で乾いた喉に水を流し込んでいく。
だが、物足りなさを感じた葵は、あの時のようにコップの上に掌をかざして氷の魔法を発動した。
すると、ピキピキと氷特有の音を響かせながら、葵の思い描く小さい氷が多数出来上がり、コロンポチャンと音を立てて水の中に入った。
それを満足そうに見た後、再度喉に冷たくなった水を流し込む。
「……はぁ……美味しい」
満足である。
頬が緩みほっこりとする様子まで一通り見ていたアイルがボソッと呟いた。
「……やっぱりあの時のコップの氷は葵さんが……」
「……はい?」
「いえ、なんでも。それよりもずっと思っていましたが葵さんは無詠唱魔法を使えるのですね」
「……無詠唱?……あぁそういえばクレイツおじさんがとても稀有な魔法だと言っていた気がする……」
だから無闇に他の人の前では魔法を使うなと言われていたのを思い出した。
まぁいまさらアイルには散々魔法を使うところを見られているので隠す事でもないし、アイルには隠し事は出来ないと気付いたので隠すつもりもないのだが。
この様子から見るとやっぱり他の人の前では極力使わないようにしようと思った。
「えぇそうですね。この国では今のところ無詠唱魔法を使えるのはわたしくらいですね」
「……そうなんですね、気を付けます」
やはりかと思った。
時々、アイルは呪文の言葉を言うことなく魔法を発動しているなと思ったことがあった。
あの夜、アイルとナディルに噴水の前で会った時、アイルが掌に小さな風の渦を作っていたのだが、その時、辺りはシンと静まり返っていて、声を少しでも発せば聞こえるほどの静寂であったのに、アイルの方を見た時には既に風の渦があった。
何も聞こえなかったので疑問に思ったが、あの時おそらく無詠唱魔法で風の魔法を放ったのだと今になって確信した。
「アイルも使えるのですね……その、使っている時の方が少ないと思うのですが何か理由があるのですか?」
「時と場合によりますが……殆どは気分ですね。呪文を唱えるのが面倒臭いときは無詠唱魔法使いますし、言葉にして放った方が威力が高いので強い相手の時ほど無詠唱魔法は使ってないです」
「無詠唱魔法の方が威力が劣るのですか?」
「若干ではありますけどね。ただ、声に出して魔法を発動した時の方が敵の反応が違うのです」
「そうなのですね……」
微々たる違いかもしれないとアイルは付け足した。
だが、確かに声に出して言葉にするということは、それだけ思いというものが乗るのかもしれない。
言霊というのがあるように、言葉にはとても強い力があると葵は思う。
「でも……威力が違うのなら無詠唱より普通に詠唱を唱えた方がいいですし、稀有とは言われてもさほど気にする事無さそうですけど……人の前で無詠唱魔法は使うなと言われていますけど、案外人前で使っても問題ないのでは?」
葵はアイルを見つめながら考えるようにして聞いた。
稀有な魔法だとしても、それが使い勝手のよいものでなければ特別感というのがあまり感じられない。
まして、その魔法を使える人が少ないところを見るとよりそう思わずにはいられなかった。
アイルは葵の発言に少し考えたあと口を開いた。
「いえ、そうとも限りません。確かに威力が下がるのであれば詠唱魔法の方が絶対いいですが……無詠唱とはその言葉通り呪文を唱えること無く魔法を発動すると言う意味です。それは即ち、気付かれる事なく魔法を発動出来るということ。例えば……もし悪い考えのある人間が人を殺そうとする時、その無詠唱魔法があれば気付かれる事なく殺せるのではないですか?」
「っ……確かに……」
「善良な人から見れば、呪文を省けていいねくらいに思いますが、悪い人間からしたらその人物は喉から手が出るほど欲しい人物だと言えます。なので……もしそういう人物が現れた場合は必ず王家に報告をし身の安全を確保されるのです」
「…………王家……」
王家という言葉に葵は眉間に皺を寄せた。




