第14話‐④
「……」
「……」
無言のアイルに葵は俯く。
このよく分からない気持ちがさっきから心を揺さぶっている。
アイルが怒る素振りをするととてつもない寂しさや辛さが込み上げてくるのだ。
「……色々と言いたい事はありますけど……今はそれよりも言わなければならない事があります」
「…………はい」
きっと怒られるのだろうと弱々しい返事をした。
そう思うくらいに葵はアイル達に迷惑を掛けたのだ。怒られるのは当然だと自分に言い聞かせてアイルの言葉を待った。
ただ、アイルの顔を直視は出来ないので、俯いたまま聞くことになる。
「お帰りなさい」
「っ……」
とても優しい、温かみのある声が部屋に響いた。
葵はその言葉に顔を上げアイルを見ると、とても優しい表情をしていた。
思っていたのと違う言葉に葵は驚いた顔をする。
「何をそんなに驚いているのです?あ、もしかして怒られるとでも思いましたか?」
「………………」
図星だと目を見開いていく葵にアイルは軽く笑った。
「確かにこういう場合、師匠なら怒るでしょうねぇ」
「……」
確かにそうだなと思ってしまった。
クレイツおじさんならきっと、げんこつを落として怒るだろう。
「ですが……わたしは葵さんを怒る気持ちよりも、自分に対する怒りの方が勝ってしまいますね」
「………………?」
「葵さんを一人で行かせてしまっまたのはわたしの落ち度です。そして怪我をさせてしまったのもわたしが傍にいなかったから…………先程葵さんに謝罪をされましたが謝らなければいけないのはわたしのほうでしたね」
「っ……ち、違います!出ていく決意をしたのもあたしの判断ですし、怪我をしたのもあたしの落ち度です!貴方が…………アイルが悪い事など何も無いです」
勝手に出て行って怪我をしたのは自分のせい。葵自身が判断をし、怪我をした。
アイルは何も謝る様なことは何もしていない。
「……面と向かって名前を呼ばれたの初めてですね」
「……え?」
「わたしから呼ばせたのは数に入りませんし、葵さんから改めて名前を呼ばれた時、わたしは怪我をしていてあまり覚えていませんから……こうやって意識がある状態で名前を呼ばれたのは初めてです」
「…………」
そうはっきりと言われてしまうと流石に恥ずかしい。
葵はただまた名前を言わなかったら何か言われるかもなと思って言い直しただけなのに、アイルは名前を呼ばれた事にとても嬉しかったのかニコニコと頬が緩んでいた。
「……それはそうと、先程の言葉はなんですか?」
「え……?」
「先程、出ていく決意をしたのもあたしの判断と言いましたが……もしかしてアンデッドを殲滅した後、こちらに戻らず姿を消そうと思っていた……と、間違ってもないですよね?」
「………………」
葵の表情が引き攣るのが分かる。
ニコニコしていた雰囲気とは打って変わって、低くて冷めた声。
葵はやらかしたと思ったがもう遅い。話の流れでうっかり言ってはならない事を言ってしまったと後悔した。
何も言えない葵に対して、それを肯定と捉えたのかアイルの表情がより一層険しくなっていく。
しかも、こちらをじっと見つめながらだ。
葵はその視線に耐えきれず視線を逸らす。
いや、この雰囲気のアイルに何か言葉をかけられる人はいるだろうか。
一言でも言葉を発せば滅せられるのではと思うほど、空気すらも凍り付いていた。
「…………何か理由があるのでしょうけど、葵さんは私の傍から居なくなろうとしたのですね?」
「…………」
「……はぁ…………葵さんは本当に何も分かっていないですね」
「………………」
何も分かっていない。
そう言われて葵は一瞬口を開きかけそうになったが、すぐに思いとどまり口を噤んだ。
何も分かっていないとは流石に否定したい。
この世界が漫画の内容と酷似していて、漫画の世界に入り込んだのだと気付いた瞬間から、葵はアイルの事をより分かってきたつもりだ。
ただ、その漫画に出てくるアイルとは少し性格が違うだけであたふたはしていたが。
(あれ……でも待てよ?あの白虎の聖獣様は日本と行き来しているような事を言っていた……でもこの世界は漫画の世界で………………ならあの白虎様も作り物?いやでも今も日本で祀られているような口ぶりだったし…………ダメだ。今はとりあえず忘れよう)
今はそれを考えるときではないと思い考えるのをやめた。
「葵さん。出て行くことを決断した理由……話してくれますよね?」
「………………」
「まさかここまできて話さないなど…………ないですよね?」
「…………はい……話させていただきます……」
負けた。
いや、最初から話そうと思っていたのだが、アイルの圧が強すぎる。
とりあえず、今は夜中と言うこともあってか、明日詳しく話を聞くとのことだった。
葵は溜め息を付いてもぞもぞと布団の中に身体を埋めた。
それを確認したアイルは「ではまた」と一言呟き、部屋を出て行った。
色々と考えたい事は山ほどあるのだが今はとりあえず明日に備えて眠ろう。
目をつぶって数秒後、暗い部屋の中に葵の寝息が聞こえてきた。




