第14話‐①
長い夢を見ていた気がする。
とても懐かしい感情を思い出したような感覚に余韻を残しながら、「ここはどこ?あたしは誰?」と言ってみる。
「神谷葵です」と自問自答しながら意識がはっきりしていく中で、ふと右手が温かい事に気が付いた。
ホッカイロかな?と思ったりもしたが、この世界にホッカイロなんてないかと考えつつ、あれまだ夢の中にいるのかな?と目を開けようとした。
が、一瞬嫌な事が頭をよぎりそれを止めた。
本当にホッカイロだとしたら、この世界に無い物が今自分の右手にあるのはおかしい……
となるとそれはもう元いた日本という国に戻ってしまっているのかもしれないと思わざるを得なかった。
そして、そう思えば思うほど目を開けるのが嫌になり、現実逃避しようと無理やり眠ることにした。
だが……
「〜〜」
誰かの声が聞こえた気がした。
一瞬、気のせいかな?と思いながらもう一度眠ろうとしたが……
「〜〜!〜〜〜して下さいよ……」
今度は確実に誰かが何かを言っているのが分かった。
今の声、何処かで聞いたことがあるような気がする。でも何処でだっけ?と葵はまた考え込む。
ていうか、あたしは今まで何をしていたのかまるで覚えていなかった。
今、葵の見えている景色は無。
色で言うなら黒である。
黒い空間をただただ見ている形であり、ここが何処なのかも分からない。
何か……とても大切な事を忘れている気がすると思うのだが、本当に何も思い出せない。
だけれど、先程の声には聞き覚えがあり、またその声を聞けないかと耳を澄ませる。
「葵さん」
その言葉にビクッと反応した葵は「あぁ……」と呟いた。
思い出した。
この声、この話し方。
いつも葵の事をからかってきたり、時にはお節介過ぎるほど痛い部分を突っ込んできたり……それに対していつもイライラさせられていた。
でも、それはきっと彼の優しさで、ピンチの時はいつも駆け付けてくれていた事は紛れもない事実で、そんな彼の事をいつしか心のどこかでは頼りにしていたのかもしれない。
「葵さん……いい加減目を覚ましてください」
遠くの方から聞こえるその声はとてもか細く頼りない。
彼が一体どんな表情でその言葉を言っているのか、少しだけ気になった。
葵は掌を握りしめる。
今は一旦自分の為に帰ろう。
例えすぐに離れなければならないとしても、あと二回の猶予はある。
それに……こんな風に言ってくれる彼に少しでも元気な姿を見せたいと思った。
「…………」
ぱちり。
長い夢を見ていたようだ。
目を開けると、そこは見覚えのある部屋だった。
それに安堵しつつ、いつの間に右手の体温は消えていて右手には何も乗っていなかった。
一体あの温かさはなんだったのかと考えたが、考えたところで答えは出ないと尚早に諦めて身体を起こした。
「……帰って…………来ちゃったんだね」
窓からの月明かり以外はほぼ暗いと言っていい。
薄暗い部屋の中、葵は目線だけを軽く部屋を舐めるようにして流し見したが、やはりここは自分の部屋のようだった。
クレイツの隠居生活用の邸と言っていい、葵がこの世界に来て森でクレイツに拾われて、それからずっとアンデッドと会う前まではこの邸で暮らしていた。
ちなみに寝巻き姿だが、カルディオン領現当主のフェルネス・カルディオン夫妻が住んでいる邸で着たネグリジュではなく、いつも来ていた男性用の寝巻きを着ている所を見ると、確実にここは自分の部屋として借りている所なのだと実感した。
そして、色々と頭の中で状況整理をしつつ、今何時なのかとベッドから降りようとした瞬間ー
「っ……痛っ」
左足に力を入れた瞬間、激痛が走った。
それはもう凄い痛みで、涙目になりながら掛け布団を捲ってみると、足首から足の指にかけて包帯がぐるぐると巻かれていた。
しかも、足を固定するための板のようなものが、こちらも足首から足先にかけて、足全体を守るように板で挟まれており、その上から包帯が巻かれている。
それはもう、足を骨折した人がする処置の仕方だった。
「あー……忘れていたわ」
アイルにせめてもと治癒の魔法で痛みを和らげてくれていた事により、それから痛みを感じていなかったので、自分が足を骨折しているのを今の今まで忘れていた。
確かあの白い空間では、魂だけが来ているとかなんとか言っていたから普通に立てていたのかと、今更納得する。
葵は「うーん……」と少し考えてから、怪我のしていない右足をとりあえず床につけて立ち上がった。
怪我をしている左足は床には付けないで宙に浮かせ、少し身体が斜めになるが気にせず、けんけんしながらバルコニーへと向かった。
葵に諦めるという言葉はないのである。
ただ、時折ぴょんぴょんする度に左足に刺激がいき少し痛むが我慢だ。
治癒魔法をかけてもらう前より全然マシである。
焦らずゆっくりとけんけんしながらようやく、バルコニーの扉の前前まで来る事か出来た。
そして、一度呼吸を整えてから、ゆっくりと扉を開けた。




