謝肉祭(三)
暗黒に包まれたホール内で、観客たちの混乱と悲鳴は頂点に達していた。
スクリーンの黒い幕が、内側から押し弾けるように大きく揺れた。そこから這い出してきたのは、光を吸い込むような無数の影だった。特定の形状を持たず、ただ鋭利な指先や無数の爪を蠢かせながら、影たちは観客の上へと雪崩れ込んでいく。
頭上の巨大スクリーンは、その地獄絵図を容赦なく捉え続けていた。
影に襲われ、絶望に顔を歪める人々の表情が、現実の進行と同時にリアルタイムで画面へ映し出される。観客たちは、自分が逃げ惑う姿や、影に追い詰められていく様を、スクリーンの超高精細な映像でリアルタイムに見せつけられていた。
「助けてくれ! 誰か!」
叫び声を上げた青年の首元へ、影から伸びた黒い突起が容赦なく突き立てられた。痛みすら感じる暇もなく、傷口から紫色の霧のようなものが勢いよく吸い出されていく。それは彼の生命そのもの、いや、魂と呼ばれる記憶の奔流だった。魂を吸い尽くされた青年の肉体は、感情を失った抜け殻となって、収縮する座席の上に崩れ落ちた。
その瞬間、スクリーンには青年の瞳から光が消え、命が潰える最期の瞬間が画面いっぱいにアップで投影された。狂気の生中継とも言えるその映像が、周囲の客たちの恐怖をさらに跳ね上げる。
さらに恐怖は加速する。頭上から突如として重厚な骨の軋む音が響いた。見上げれば、映画館の豪華なシャンデリアや天井装飾が裂け、巨大な肉の歯茎と黄ばんだ牙が剥き出しになっていた。
ホール全体が、巨大な生物の胃袋へと変貌を遂げていたのだ。天井から滴り落ちる胃液のような液体が服を焦がし、皮膚を侵していく。逃げ惑う人々は、上からは噛み砕かれ、下からは粘液に足を囚われ、逃げ場のない空間で一人また一人と影の中へ消化されていった。
スクリーンは、天井の牙に引き裂かれる者の悲鳴や、粘液に飲み込まれていく足元、リアルタイムで崩壊していく館内の異様な空間を、まるで計算し尽くされたカメラワークのように克明に映し出し続ける。客たちは己の死にゆく姿を上映されながら、消化されていくのだ。
誰かが叫ぶ。
「頼む、出してください! 金ならいくらでも払う!」
しかし、その声すらも、ホール全体の肉壁が脈打つ音にかき消された。肉壁は客たちの絶望の悲鳴を吸い取るたびに赤黒く発光し、ますますその厚みを増していく。




