錆びついた死線(十)
スクリーンが漆黒に染まり、やがてスコープの円形映像が浮かび上がる。そこには狙撃対象が鮮明に捉えられていた。劇場内には、スコープ越しに荒い息を吐く女の呼吸音だけが、フロントスピーカーから執拗なまでにリアルに響く。彼女の額から流れる一筋の冷や汗。それがライフル銃床に落ちる「トツッ」という微かな音が、場内の観客の鼓動を早める。
狙撃手である女は、完璧な静寂の中にいた。しかし、その静寂は唐突に破られる。後頭部に押し付けられた冷たい鉄の感触。観客の背後から、低く、ねっとりとした男の囁き声が聞こえる。
「狙撃の合間に居眠りとは、いい度胸だ」
女の瞳が大きく見開かれる。カメラは極端なクローズアップで彼女の瞳を映し出し、反射する男の影を捉える。
「標的を横取りされてたまるか。動くなよ。少しでも反応があれば、脳天に風穴だ」
男の脅迫。女は表情を一切変えず、微動だにしない。カメラは彼女の研ぎ澄まされた集中力と、冷徹なまでの静止を映し出す。
「……さて、片付けるとするか」
男が背後で銃を構える。衣擦れの音と、獲物を狙う男の荒い吐息が、サラウンドスピーカーを駆使して劇場空間を埋め尽くす。
(……今、引き金を引く)
モノローグが重低音を伴って響く。彼女の指先は微塵も揺れない。スコープの中の標的が弾け飛ぶ瞬間、カメラは彼女の虚ろな瞳を映す。
「くそっ、何をしやがる!」
男の怒声。女は突き上げられるような緊張に耐えながら、脇下に忍ばせた短銃を引き抜く。背後で身も心もいきり立つ男の脳天へと放たれた一発。だが、血の噴き出す音はしない。代わりに響いたのは、観覧車が軋むような「ギギィ、ギギィ」という錆びついた不快な音だった。
彼女の指が凍りつく。振り返った先にいたのは、異形の怪物。左半分は裂けた口を持つピエロ、右半分は赤黒い肌の鬼。その異形が、鉈とハンマーを引きずりながら、観客の耳元を撫でるような金属音と共に歩み寄ってくる。
「「アハ。アハハハ。逃がさないよ、オニエサマ」」
怪物の口から漏れる二重の響き。女の放つ弾丸は、コインのように乾いた音を立てて弾かれる。逃げ場のないビルの屋上。怪物の剛腕が彼女を組み伏せる。
「バキッ」という骨の砕ける重厚な音が、劇場の床を突き抜ける。空から降り注ぐ鮮やかな紙吹雪。血の匂いはいつの間にか消え、湿った土と腐りかけたポップコーンの臭いが、場内に充満するかのような演出。
彼女の肌が白く硬質に変質していく。カメラは彼女の指先が剥げ落ちたペンキへと変わる過程を、執拗なマクロ撮影で捉える。




