表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪異館シネマシアター  作者: 弌黑流人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/70

錆びついた死線(五)

 ガクン、と観覧車の回転が唐突に停止する。劇場の照明が落とされ、スクリーン上の色彩が急速に失われていく。世界は不気味な青みがかった闇へと沈み、スピーカーからは観覧車の金属が軋む、耳を塞ぎたくなるような高い音が響く。


 女はハッチからゴンドラ内部へと滑り込む。カメラはゴンドラの外側に回り込み、逆光の中に浮かぶ彼女の横顔を捉える。彼女の瞳は一点を見つめて動かない。下界の闇。先ほどまで這い登っていたピエロの影はなく、代わりに地響きのような重低音が劇場を揺らし始める。


 ドォン。ドォン。

 背後(後方スピーカー)から、大地を抉るような破壊音が不規則に迫る。カメラは視点を切り替え、支柱の残骸に鼻を寄せ、獲物の匂いを吸い込む鬼の巨大な輪郭を映し出す。鬼の鼻腔から漏れる、濁った呼気。その音だけが、フロントスピーカーから執拗に鳴り響く。


 女は手元のライフルを強く握りしめる。指先が白く浮き上がり、関節が軋む音がマイクで拾われ、劇場の空間に増幅されて流れる。彼女の口元は固く結ばれている。言葉による説明はない。ただ、スコープを覗き込む彼女の右目が、青く沈む闇の中で獲物を射抜くようにカッと見開かれる。


 「ニガサナイ……ニガサナイヨォ!」


 鬼の咆哮が劇場全体を蹂躙する。観覧車の鉄骨が悲鳴を上げ、ひしゃげる。カメラはゴンドラの内側を映し出す固定アングル。支柱を槌で打ち据えられるたびに、ゴンドラが大きく跳ね、女の身体が宙に浮く。


 女の額を伝い、一筋の冷や汗が落ちる。

 スローモーションになったカメラは、その汗がゴンドラの床に落ちるまでの軌跡を追い、着弾の瞬間の「トツッ」という微かな音を、あえて強調する。


 その瞬間、外の怪異が動きを止めた。

 劇場の空気が極限まで張り詰める。カメラは外から、闇に紛れた鬼の巨大な手が、誰も乗っていないゴンドラの窓枠を掴む様子を捉える。


 鉄板が飴細工のように引き裂かれる甲高い音。鬼の喉奥から漏れる低周波のうなりが、座席のクッションを細かく振動させる。


 鬼が、動くことをやめた観覧車の支柱を掴む。

 カメラは下界の泥の中から、巨大な掌が鈍い金属を握り潰さんばかりに食い込む様子を煽りで映し出す。


 ミシミシ、と鉄骨が悲鳴を上げる音が、劇場の壁面を伝うように響く。

 鬼の全身に力が込められ、筋肉が膨れ上がる。次の瞬間、鬼は猛然と観覧車を押し出した。


 ゴォオオオォン!

 錆びついた軸が強引に回される、金属疲労の極致のような重苦しい轟音が劇場を震わせる。カメラは観覧車の回転とともに激しく上下し、何回転もする観覧車。


 そのゴンドラの中から、遠心力に翻弄される私を映し出す。窓の外の景色が、まるで回転する万華鏡のように狂った速度で明滅を繰り返す。


 ガガガガ、と小刻みな振動が足元を突き上げ、女は激しく揺れるゴンドラの中で身を固くする。衝撃で舌を噛まぬよう、必死に口を閉じ、奥歯をギリギリと音を立てるほど強く食いしばった。重力と破壊の音が混ざり合い、視界が歪む。


 その回転の最中、闇の中に浮かぶ鬼の赤い瞳が、回転する観覧車の動きに合わせて、獲物をじっと追い続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ