劇場の罠
高津が木製のドアノブを回すと、軋んだ金属音が響いた。映画館の空調の音は消え、代わりに肌を刺すような冷たい湿気と、何かが腐敗したような臭いが鼻腔を突く。
踏み出した先は、映画館のバックヤードではなかった。
そこは、果てしなく広がる『映写室の地獄』だった。視界を支配しているのは、無数のリールが天井から床まで鎖のように垂れ下がり、まるで血管のように脈動している光景だ。空は見えない。ただ、頭上を覆う巨大な銀幕が、空の代わりに世界を隔てている。
(どこだ、ここは……。街の路地裏でも、地下室でもない。……まさか、映画館のスクリーンそのものの中なのか?)
足元は地面ではない。一面に敷き詰められた大量の『フィルムの断片』だ。歩くたびに、過去に上映されたであろう何千人もの「魂の記録」が、カサカサと耳障りな音を立てて砕け散る。
ふと、前方で光が揺れた。そこには、映画館の客席そっくりの椅子が、整然と並べられている。だが、そこに座っているのは人間ではない。かつて標本にされた者たちが、魂を抜き取られた抜け殻となって、永遠に「映画」を観させられているのだ。
その列の最前列で、アンティークの椅子に一人の男が背を向けて座っている。支配人、黄泉野完結だ。
彼が立ち上がり、こちらを振り返る。その顔には、目も口もなく、ただ銀幕の光が投影される空白があるだけだった。
「ようこそ、高津刑事。あなたは今、この劇場の『主演』に選ばれました」
男が指を鳴らすと、周囲に並ぶ抜け殻たちが一斉に立ち上がる。彼らの身体からは、撮影用の照明のごとき不自然な光が放たれ、高津を逃げ場のない中央へ追い詰めていく。
「さあ、刑事さん。あなたが追っていた失踪事件の犯人が誰なのか、その肉体を削り取って教えて差し上げましょう。もちろん、あなたの魂もフィルムに焼き付けてね」
高津は腰のホルスターに手をかける。だが、拳銃を抜こうとした指先は、すでにフィルム状の薄い帯へと変わり始めていた。
(冗談じゃねえ……。俺がフィルムの一部になるだと? くそ、指が動かない……だが、刑事の意地ってもんがあるんだよ!)
高津はフィルムの足場を蹴り、支配人へと突進する。この迷宮を終わらせるには、フィルムの心臓部となっているであろう、あの真っ白な「空白の顔」を叩き割るしかない。
足元から、これまで消えていった被害者たちの叫びが共鳴し、高津の腕に宿る。刑事の執念が、この呪われた銀幕を切り裂こうとしていた。




