深淵への招待
翌朝、高津は自室のパソコンの前で息を呑んだ。
昨日、劇場の備え付けの端末で何気なく投稿したはずのレビュー。そのページに、見慣れない返信通知が届いていた。心臓が嫌な音を立てて跳ねる。クリックした先の画面には、映画館の公式掲示板とは到底思えない、禍々しいフォントで文字が躍っていた。
『高津刑事、貴重な感想をありがとうございます。もし宜しければ、もっと深い場所までご招待致します』
画面の下部には、電子チケットのQRコードが表示されている。さらに、デスクの上にはいつの間にか一通の黒い封筒が置かれていた。中に入っていたのは、今夜深夜に開催される特別上映会の招待状だ。
「……どういうことだ」
高津は思わず裏面を確かめるが、差出人の名前も住所もない。それどころか、俺がレビューを投稿する際に使ったのは匿名性の高い捨てアカだ。名前もメアドも登録していない。ましてや、私が刑事であるという素性を、なぜこの劇場側が知っている? 当然ながら、個人情報を無断で取得し、ストーキングまがいの行為をしている時点で法に抵触しているのは明らかだが……そんなことを言っている場合ではない。
「ここまで挑発されたら、乗らないわけにはいかないな」
これは罠だ。だが、高津はあえてその招待に預かることにした。この不気味な場所を解体するためには、一度腹の中に入り込むしかない。
深夜二時。映画館の入り口は、日中の清潔感とは打って変わって、重苦しい沈黙を纏っていた。受付のスタッフは、まるで最初から高津の到着を待っていたかのように、無機質な笑みを浮かべてチケットを受け取る。
劇場へ足を踏み入れると、そこは異様な空間だった。観客席には誰もいない。にもかかわらず、場内にはかすかな話し声と、得体の知れない何かが混ざり合う気配が満ちている。スクリーンには『招待客のみ』という無骨なタイトルが表示されていた。
高津は一番後ろの席に腰を下ろす。周囲を見回しても、支配人の姿はない。だが、背後の通路から、微かに香る消毒液の臭いと、何か硬いものが床を叩く音が聞こえてくる。
「支配人は……一体、何者なんだ……」
再びスクリーンが光を放つ。今度の映像は、映画館のバックヤード、つまりこの場所の『裏側』を映し出しているようだった。無数の回路が複雑に絡み合い、まるで生き物のように蠢くフィルムの束。あれが、失踪者たちを迷宮へ誘う装置なのか?
俺は懐から警察手帳を取り出し、深く握りしめる。観客として座っているつもりが、いつの間にか自分自身がフィルムの断片の一部になりそうな感覚がある。この上映が終わり、館の明かりが灯ったとき、俺は無事に帰れるのか。それとも、あの映画の主人公のように、迷宮の一部として組み込まれてしまうのか。
「面白い。迷宮の構造、この目で暴いてやる」
暗闇の中で高津が呟くと、スピーカーから笑い声とも悲鳴ともつかないノイズが、全方位から襲いかかってきた。映画が、始まりの合図を告げた。




