消えた痕跡
相つぐ失踪事件の痕跡をたどり、ようやくこの古びた映画館にたどり着いた。だが、中を調べてもなんてことはない。外観の古ぼけた印象とは裏腹に、館内は隅々まで掃除が行き届いており、清掃員のたゆまぬ努力が透けて見えるような清潔感にあふれていた。埃一つなく、磨き上げられた床は照明を反射し、かえって冷たいほどに整然としている。
取り扱いジャンルがホラー映画専門であるだけで、他に怪しい点など何一つ見当たらない。支配人やスタッフを洗い直しても、行方不明者との接点は皆無だ。……というよりも、この場所を調べていると、追っていたはずの痕跡が、まるで幻のようにいつの間にか消えていく。俺の抱えている案件のほとんどが、いつもこうやって闇の中に消えていく。迷宮入り。その言葉が、俺の胃に鉛のように居座る。
「怪しくはないが……、何かある、とだけ分かる」
思わず口からこぼれた言葉には、自分でも驚くほどの渇きが混じっていた。勘に頼るなんて、焼きが回っちまったかよ! と、俺は苛立ちを隠すようにタバコを指で弄ぶ。ベテラン刑事として、これまで数々の事件をくぐり抜けてきた自負はある。だが、この劇場を包む奇妙な磁場のような圧迫感は、何者にも説明がつかない。
気休めに買ったチケットは2本立て。館内で流れる映像は、どれも現実と虚構の境界を曖昧にするような、湿り気を帯びた恐怖を孕んでいた。上映が終わると、俺は足早に劇場を後にするのではなく、少しでも情報を引き出そうと、備え付けの観客用端末からサイトにレビューを投稿することにした。
『螺旋怪段はループするごとに、もう一人の自分が蓄積されていくと同時に、思考の低下を伴うところが面白かった。昨今はこのように廃墟を曰く付きと称し、面白可笑しく動画として撮ることが増えてきているから、この映画を見て抑止力が働くと同時に行方不明者を減らすことに繋がるのかとも思った』
キーボードを打つ指先が、わずかに震えている。スクリーンで見たはずの、誰かの絶望が、まだ網膜に焼き付いているからだろうか。
『アカズノエキは、異世界への憧れを抱いた男の虚しさが過労死と上手く噛み合っていたように思う。疲労の抜けきらない体にならないよう健康管理をしたいるが中々に難しいのが現状。明日は我が身かもしれない、という感覚を覚えた』
投稿を終え、画面を閉じる。あの映画の主人公、ヴェインと名乗った平凡な中年男の末路が、妙に引っかかる。まるで、自分自身の未来図を見せられているような錯覚。異世界への憧れ、特別でありたいという渇望。もし、俺の中にそんなものがあったとしたら。この映画館は、その欲望の深さを測るための、冷酷な定規なのかもしれない。
「さて、どこから手を付けたものかな」
高津は独り言をつぶやき、重い腰を上げた。劇場を出ると、夜の街のネオンがひどく安っぽく見える。先ほどまで観ていた恐怖映像の方が、よほど現実味を帯びて感じられた。ふと振り返ると、映画館の看板が、まるで獲物を待つ怪物の口のように大きく開いて見えた。
この街には、まだ俺の知らない地獄がいくつ隠されているのだろう。行方不明になった者たちは、この映画館を観たあと、一体どこへ消えたのか。俺は深く息を吐き出し、コートの襟を立てて人混みの中へと紛れ込んだ。この事件、ただの失踪では済まされない。もっと深い、この街の根幹を腐らせる何かが、確実に動いている。
俺は刑事として、その結末を見届ける義務がある。たとえ、自分がその迷宮の住人になることになったとしても。




