アカズノエキ(四)
空間が崩壊し、ヴェインは世界の裏側へと突き落とされる。そこは機械の心臓部。無数のパイプから黒い油が滴る中、巨大な生身の心臓が規則正しく鼓動している。
『助けてくれるの? それとも、君も『油』になるの? 私たちは、ずっとここで君を待っていたよ』
「ふざけるな……! 私は……私は、ただ帰りたいだけだ。この腐った迷宮の地図を書き換え、二度と誰にも踏ませないようにしてやる!」
覚悟を決めて叫ぶが、次第に意識が遠のき始め、ぷつりと途切れる。スクリーンは瞬間的に暗転した。
ヴェインが目を開けると、そこは駅のベンチだった。彼はカバンを抱えているが、その感触は生々しい皮膚の温もり。
「……夢、か。ひどい、夢だった……。やはり、深層の呪いか。幻覚の深さが異常だ……いや、そうじゃない、私は仕事帰りだったはずだ……」
ベンチからは心臓の鼓動が伝わり、抱えたカバンからは潤滑油が滴る。ホームへ滑り込む電車のブレーキ音が、映画館中に悲鳴のように響き渡る。
『次は、終点。アカズノエキ、アカズノエキ……』
「夢じゃないのか! 逃げ……なきゃ……。まだ、解析が終わっていない……!」
彼は立ち上がろうとするが、足が動かない。すでにベンチと癒着している。窓に映るのは、完璧な駅の一部と化した自らの姿。かつての分析官の威厳は消え、ごく普通の冴えない中年として、ただの錆びついた部品に成り下がっていた。
「ああ……もう、これじゃあ、……どうにもならない。私の解析結果は……『終焉』、ただそれだけか」
吐き出した息がプラスチックの破片となり、空間を埋める。意識は深い闇へ。
スクリーンに映る無人の駅構内。観客は、その静寂が永遠に続くことを理解する。血の匂いと油の濁流。映画館の明かりが灯るまで、その場所から逃げ出すことはできない。子供の影だけが、暗闇の中で静かに笑っている。




