未払生窮(一)
暗転した館内に、突如として不快な重低音が響き渡る。
スクリーンに映し出されたのは、一歩を踏み出した男の足元だ。靴底が床から離れる瞬間、粘着質の物質が引き剥がされる生々しい音が、劇場前方のウーファーを激しく震わせる。ベチャリ、ベチャリ。その音の大きさに呼応するように、カメラがゆっくりと上昇し、不快感に歪む主人公の表情を正面からクローズアップした。
カメラが彼の視線を追うように左右へ大きくパンすると、スクリーン全体が視神経を刺すような暴力的な白色光で埋め尽くされる。
天井に光源はない。通路の両側に延々と埋め込まれた無数の液晶パネルが、狂ったような速度で明滅を繰り返している。左右のサラウンドスピーカーからは、意味をなさない数字の羅列、鼓膜を逆撫でする高音の笑い声、金属が擦れ合う歪んだ電子音が、観客席を包み込むように大音量で押し寄せた。
男の喉がひゅうひゅうと乾いた音を立てる。カメラは彼の浅い呼吸と、額を伝う冷や汗を捉える。
壁際に置かれた古い布張りのソファ。その上のテーブルには、透明なラップに包まれた無機質な固形食料とプラスチック製の水筒がある。
男が飢えた獣のように食料を口に押し込むと、咀嚼音が中央のスピーカーから不自然なほど大きく響いた。砂を噛むようなボソボソとした音が、彼の喉を通り抜ける。
(ここは、まるで生かすための飼育場だ)
怒りと不条理が限界に達し、男はかすれた声を絞り出して吼えた。
「ふざけるな……。こんな味のしないもので、私を飼ったつもりか?」
掠れた声がノイズにかき消されそうになったその時、カメラは男の背後に立つ巨大なブランド広告のパネルを、少し離れた闇の中からじっと固定して映し出した。まるで何者かが彼を盗撮しているかのような、不気味なアングルだ。
モデルの瞳は完璧にレタッチされ、不自然なほど澄んでいる。男が目を離そうとした刹那、背後のサラウンドスピーカーから「キチ…」と微かな駆動音が鳴り、モデルの瞳がわずかに動いて男を射抜いた。その瞬間、男の肩がびくりと跳ね上がる。




