呼吸鬼(四)
空気が劇的に軽くなり、彰の呼吸がわずかに落ち着く。
しかし、カメラは通路の右側にある別の青いバルブを捉える。
彰がそれを力任せに回した瞬間、パイプ全体を震わせる爆発的な轟音が劇場の全スピーカーから鳴り響いた。
シューーーーッ!!
超高圧の酸素が四方から噴き出す。
「あ、ぐ……っ! 」
彰は胸を押さえ、床に膝をついた。
肺が内側から過剰に膨れ上がり、破裂しそうな激痛が彼を襲う。
『おいおい、過剰摂取は毒だよ! 』
監視者の声が通路に響き渡る。
『適度な汚染こそが、君を長生きさせる秘訣なのに! 』
天井付近の黄色いガスと高濃度酸素が混ざり合い、静電気一つで爆発しかねない極限の緊張感が、画面の小刻みな震えで表現される。
彰は肺を焼くような苦しさの中、壁の隙間にこびりついた白い結晶を見つけた。
指で触れると、そこから新たなメッセージが浮かび上がる。
【マワレル、バルブハ、ミギ】
右側にある、滑らかに動くバルブを探せ。
カメラは彰の視線を追い、錆びついた周囲の配管の中で、一つだけ不自然に鈍い光沢を放つ銀色のバルブを捉えた。
そこには、小さな刻印がある。
【H2O ⇄ O2】
彰の瞳に、その意味を理解した光が宿る。
生存とは、どちらか一方に偏ることではない。
汚染と浄化、その危うい均衡の上にしかないのだ。
彼は銀色のバルブを掴み、水流を最大にする方向へ一気に回した。
キュイン、ガコン。
手応えは驚くほど軽かった。
直後、床下のタイルから、地響きのような巨大な水流の音が響き渡る。
通路を満たしていた灰色の汚染水が急速に引き、新鮮で澄んだ空気が一気に満ちていく。
劇場の音響も、圧迫感のないクリアな環境音へと変化する。
『な、なんだって……そんな! バランスを取るなんて、君らしくないじゃないか! 』
監視者の声から余裕が完全に消え去った。
カメラが捉えた監視者の全身から、激しい黒い蒸気が噴き出し、その頑強だった車輪が急速に赤黒く腐食して崩れ落ちていく。
「キィィ……酸素が……僕を殺す……! 」
監視者はタイルの上で完全に錆びつき、物言わぬ不気味な機械の残骸へと姿を変えた。
彰は、静まり返った残骸にゆっくりと近づく。
その頭部には、血のような赤い文字で真実が刻まれていた。
【イキツヅケル、コトハ、ソノママ、オカサレル、コトダッタ】
その文字を彰が読み終えた瞬間、凄まじい破壊音とともに足元のタイルが大きく崩落した。




