飢餓残滓(ニ)
静寂を切り裂き、瓦礫の向こうから「それ」が姿を現した。
一度焼けて溶けた後に冷え固まったような、不自然にテカテカと光る皮膚。手足が異常に長く、折れた骨を無理やり繋ぎ合わせたような四肢が、あり得ない角度で地面をガリガリと引っ掻いている。
「飢餓残滓」
その言葉が、耳元で照射されるような音響と共に字幕として脳裏にこびりつく。
抉れた目の穴から真っ黒な液体を涙のように滴らせる怪物が、チャプという小さな音に反応し、レンズを真っ直ぐに射抜いた。
「……っ、ひっ!」
蜘蛛のような速度で地面を掻きむしり、迫り来る肉塊。
全力で逃走する主観映像。激しく上下する視界の中で、ボトル缶が揺れて鳴るたびに、背後の「ガリガリガリ!」という爪音が距離を詰めてくる。
熱い吐息と、焦げた肉の死臭がすぐ後ろまで迫り、観客は背後に気配を感じるほどの錯覚に陥る。
【ワ ケ ロ】
閃光のように文字が脳裏をよぎる。
半狂乱の叫びと共に、ボトル缶が闇へと放り投げられた。
カラン、カラン……!
水音が遠ざかるのと引き換えに、怪物の気配が逸れる。瓦礫の陰に倒れ込むと、突如として足元の地面が内側に吸い込まれ、底なしの「穴」が開いた。
落下が始まる。
視界が高速で回転し、耳の奥では何千もの陶器の食器が砕け散るような轟音が渦巻く。
【お前は、気づくべきだった】
嘲笑するような重低音の声が、サラウンドスピーカーから頭の中に直接流れ込む。
【「ワケロ」は脱出のコードではない。ここは深淵。これは単なる「食卓のマナー」だ】
視界の端で、捨てたはずのボトル缶が何百と剥がれ落ちていく。
落下した先。真っ暗な闇の中に、無数の「何か」が蠢いているのが見えた。
それは、スクリーンを埋め尽くさんばかりの巨大な「口」の群れだった。
【いただきます】
黄色く濁った牙、人間の腕ほどもある太い紫色の舌が、ご馳走を待ち侘びるように一斉に開かれる。
クチャ、グチャ、バリバリバリ。
凄まじい咀嚼音が劇場を支配する。
「いやだ! やめて、やめてえええええ!!」
懇願する絶叫も虚しく、映像は無慈悲にその「捕食」を映し出す。
バリバリバリッ!
左足が根元から噛み砕かれ、血管が引きちぎられる凄まじい音が脳を突き抜ける。
腰の骨に牙が食い込み、粉々に砕ける衝撃音。
見開かれたままの瞳に、自分を貪る化け物のドロドロとした喉の奥が映し出され……。
プツリ、と映像が途絶えた。




