飢餓残滓(一)
完全なる暗転。
無音の時間が数秒続き、観客が自らの鼓動を意識し始めた頃、スクリーンから泥を啜るような重苦しく湿った音が漏れ出す。
「……暗い。痛いよ。身体が、凍りそうに冷たい」
モノローグが掠れた吐息のようにスピーカーを震わせる。映像は重度の乱視のように「ぐにゃぐにゃ」と歪み、生理的な不快感を煽る。レンズが捉えるのは、生臭い土と、髪の毛や肉の脂が焦げたような、芳ばしくも吐き気を催す紫煙の揺らぎだ。
カメラが不安定に動き、周囲を映し出す。そこはトンネルのはずだった。男女四人で訪れた「消失トンネル」。ふざけ合う悠真たちの声はもう聞こえない。見上げた頭上にあるはずのマンホールは消え、そこには真っ黒な瓦礫の山が、巨大な墓標のようにそそり立っている。
「ここは……? みんなは……どこに行ったの……?」
空を仰ぐカット。それは煤を固めたような、生命を拒絶する灰色だ。
カメラが地面を舐めるように移動する。瓦礫を踏む「ザリ、ザリ」という乾いた音が、音が逃げ場のない密閉空間に吸い込まれていく。
やがて、画面の中央に不自然に白い文字が浮かび上がった。暗がりにポツリと現れたそれは、一見すればただの無機質な標識のようにも見える。……だが、カメラが寄るにつれ、白かったはずの輪郭が内側から濁り始めた。かと思いきや、それは凝固しかけた血のような、どろりとした紫黒色のペイントへと忌々しく変色していった。
【ワ ケ ロ】
太く歪んだその文字からは、今にも腐敗臭が漂ってきそうな生々しさがある。
そのすぐ横に、錆びついたボトル缶が転がっている。
震える手がそれを拾い上げるクローズアップ。指先の細かな震えが、高解像度の映像で克明に映し出される。
微かに振ると、チャプ、チャプと密やかな水音がした。
その瞬間、劇場の音響から全ての環境音が消失する。
完全な無音の中、小さな水音だけが巨大な心臓の鼓動のように重低音を響かせ、観客の心拍を強制的に支配する。




