琥珀色の忘却
劇場の深い椅子から腰を上げた瞬間、膝がわずかに震えた。それは長時間の着座による痺れだけではなく、心の奥底を冷たい指先で撫で回されたような、得体の知れない戦慄の余韻だった。
定年退職して三カ月。六十歳を過ぎ、ようやく手にした「終わりのない自由」を埋めるために訪れた映画館だったが、単発映画の三本連続鑑賞は、老いた身には少々刺激が強すぎたのかもしれない。特に、そのうちの一本『監視遺物―完全版―』には、かつて多くの子供たちを預かってきた教育者として、また一人の子の親として、言葉にできないほど胸に迫るものがあった。
「いやはや、見事な演出だ。これほどまでに心を掻き乱されるとは」
私は、誰もいなくなった劇場の暗がりに向かって、自分を納得させるように独りごちた。ロビーへと続く薄暗い通路を歩きながら、四十年近い教員生活を振り返る。数え切れないほどの教室を見てきた。賑やかな笑い声に満ちた場所、時には涙の流れる場所。しかし、先ほどスクリーンの中で展開された、あの凄惨な「教室」のような光景は、想像したことすらない。
劇場の出口で、支配人の黄泉野完結が深々と一礼していた。彼が最後に残した「自身の標本箱」という言葉が、古傷が疼くように、チクりと胸の奥を刺した。まるで、私自身の内側に、まだ誰にも見せていない、自分ですら忘却したはずの標本が隠されていると指摘されたかのような、不快な感覚だった。
劇場の重い扉を押し開けて外に出ると、既に夕闇が街を飲み込もうとしていた。アスファルトの熱気は引き、代わりに湿り気を帯びた夜の風が首筋を撫でる。私はふと、駅へと向かう足を止め、路地裏に建つ古いレンガ造りの建物を振り返った。そこは街の喧騒から切り離された、奇妙な静寂を湛えている。
(あんな校舎が、どこかにあっただろうか……)
映画に登場した、あの天井の高い木造の廊下。使い込まれたワックスの匂いと、逃げ場のない湿気が生んだ黴の匂いが混ざり合った、鼻の奥を突く独特な記憶。それは単なる映像の記憶ではなく、私の皮膚が、細胞が、かつて知っていた感覚のように思えてならない。
「よせよ。あれはただの映画の美術セットだ。巧妙に作られた虚構にすぎない」
私は自分に言い聞かせるように呟き、歩き出そうとした。しかし、ズボンの右ポケットの中に、確かな重みを感じた。歩くたびに太ももに当たる、硬い異物。不審に思い、手を入れて指先が触れた瞬間、私は息を呑んだ。
取り出してみると、それは鈍い輝きを放つ、くすんだ真鍮の呼び鈴だった。掌に載せると、氷のように冷たい。それは今日、映画館に持ち込んだ覚えのないものだった。私はそれを凝視したまま、夕闇の街角で立ち尽くした。




