孤独視(五)
「あ、あ、……」
次第に拓海の口からは、湿った喘鳴だけが漏れ始める。
カメラは彼の眼球をクローズアップする。眼球だけが、異常な速度で「左右左右」と動き、隣の沙織を見ようとして見られない苦悶を映し出す。
沙織の髪は床の隙間に根を張り、彼女が身をよじるたびに、頭皮が「ピリッ」と引き裂かれる音が。
「……い、いや……だ……」
至近距離に居ながら、二人は指先一つ触れ合わせることはできない。
カメラは引いていき、二人の皮膚が急速に乾燥し、ひび割れた木材へと変質していく様を早回しで映し出す。
沙織の瞳から一滴の涙が零れる。
それは床に触れた瞬間、黒い墨汁のような文字に変わった。
『ワタシタチハ、エイエンニ、ミツメ合イ、ノロイ合ウ』
扉が重厚な音を立てて閉じる。
「ギィ……ッ、バン!」
二人のうめき声は、校舎の軋みと同化し、最後には完全な静寂が劇場を支配する。
廊下に転がる、沙織のスマホ。
液晶が「メッセージを受信しました」と一瞬だけ点滅し、そのまま暗転する。
誠は、暗闇の先へと消えていく。
「もう、裏切られることもない。……誰も、いないんだから」
画面が完全にブラックアウトし、足音だけが遠ざかっていく。
完全に足音が消えたあとスクリーンの中央に、血の滴るような筆致でタイトルが浮かび上がる。
『孤独視』――完。
静寂が劇場を包み込む中、その文字もまた闇に溶けるように消えていった。
数秒の重苦しい余韻。
やがて、天井の隅から琥珀色の照明がじわじわと灯り始め、足元が確認できる程度の明るさがホールに戻る。
その微かな光に導かれるように、無機質な銀幕の前にスッと一人の人影が現れた。
支配人、黄泉野完結である。
彼はマイクを握り直し、深々と一礼した。
「当館の三作目『孤独視』をお楽しみくださり、誠にありがとうございます。……さて、ご気分のすぐれない方はいらっしゃいますか?」
支配人は客席をゆっくりと見渡す。その眼光は、相変わらず観客の動揺を愉しんでいるかのように見えた。それからおもむろに語りだす。
「本作品は友情、愛情、信頼、それらが死というフィルターを通した際、これほどまでに脆く、黒いインクへと変色してしまうとは。皆様の隣に座っているその方は、本当に、皆様が信じている通りの姿をしておいででしょうか? おや、確認するのがお怖いですか。それは賢明な判断でございます。真実は往々にして、おのが自身が抱え持つ標本箱の中にしか存在しないものですから」
支配人の雰囲気と相まってか、何を言ってもホラー演出にしか聞こえてこない文言が来客たちの密かな楽しみとなっていた。
かく言う私もその一人である。




