存在しない記憶
今月の新作『監視遺物』を週に3度上映し、月の半ばに差し掛かったある日のこと。支配人、黄泉野完結を訪ねる二人の影があった。
困惑と、割り切れぬ寂寥感をその身に纏った男女。近所にホラー専門の映画館があると聞き、今月初めて足を踏み入れたという夫婦である。
完結は二人をスタッフルームへ通し、古びた黒革のソファへと促した。卓上に置かれた来客用の茶は、湯気を立てることなく静かに冷めていく。
「……あの、おかしなことを申し上げるのは承知しております。私たちには、子供はおりません」
初老の男が、絞り出すような声で切り出した。
「ですが、どうにも変なのです。あの映画『監視遺物』を観てからというもの、私たちには……本当は娘がいたのではないか、という思いが拭えないのです」
完結は、驚きを表情の端々に滲ませた。だが、あえて言葉を挟むことはせず、彫像のように静かに続きを待つ。
「私ひとりが、子を持たぬ寂しさから妄想に取り憑かれたのだと納得させようとしていました。ですが、妻も、同じことを言い出したものですから……」
完結の鋭い視線が、二人の顔を交互に射抜く。銀幕の中で絶望の淵に立たされていた少女、結衣。その瑞々しくも悲痛な面影が、目の前の男女の鼻や目元口許に、残酷なほど鮮明に重なった。
「この映画に出演されている女性に、どうか、会わせていただけないでしょうか」
奥様の方が、堰を切ったように身を乗り出した。震える両手が、冷え切ったテーブルを強く叩く。
「不躾なお願いなのは重々承知しております! ですが、今ここで動かなければ、一生後悔する……この胸を抉るような喪失感に、どうか納得をつけさせてほしいのです!」
必死、という言葉では足りぬほどの切実な懇願。剥き出しの親心が完結の胸に届いたのか、彼は深く、重苦しい溜息を吐き出した。




