監視遺物(六)
結衣の精神は、急速に崩壊の坂を転がり落ちていった。異変の幕開けは、自宅の洗面所だった。顔を洗おうと屈み、蛇口を捻る。不自然に大きく響く「ジャァァ」という水の音が、不意に、古い井戸の滑車が回る「ギー、コォ」という湿った音に混じり始める。結衣が濡れた手で顔を拭い、鏡を見上げた瞬間、カメラは彼女の背後の闇に焦点を合わせる。そこには、真希が立っていた。
驚いて振り返るが、背後には洗濯機が沈黙しているだけだ。再び鏡に目を戻すと、そこにはやはり、結衣の肩越しにぴったりと張り付く真希の姿がある。カメラは結衣の瞳を極限までクローズアップし、激しく震える虹彩と、喉が「ヒュッ」と鳴る微かな音をマイクが拾い上げる。
姿を映し出すあらゆる鏡面に、真希は現れた。そしてあの子の顔は、日に日に変貌を遂げていく。カメラが鏡の中の真希を接写すると、その顔面は墨を流し込んだように塗りつぶされ、あの長屋にいた「顔のない存在」と同じ、無機質で平坦な黒へと浸食されていた。
結衣は自室に引きこもり、物音を立てないよう毛布に包まった。小さな寝息さえ、スピーカーは心音のように増幅して流す。それに応じるように、背後の鏡の中の「顔のない真希」が、鏡面から指先を突き出してくる「ミリミリ」という不吉な亀裂の音をリアスピーカーが捉える。結衣が沈黙を守れば守るほど、耳の奥にこびりついた井戸の音は巨大な重低音となって彼女を追い詰めていく。
鏡を見るたび、背後の黒い顔は近くなっていく。ついには、鏡の中の結衣自身の顔までもが、黒い墨を被ったように不鮮明になり始めた。現実と妄想の境界が溶け出し、彼女の部屋の壁には、いつの間にかあの古い長屋の染みが浮かび上がっている。カメラは、暗いクローゼットの隙間から結衣を覗き見るような、盗撮じみた「第三者の視点」を維持し続ける。




