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怪異館シネマシアター  作者: 弌黑流人


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15/17

監視遺物(五)

 翌朝、登校中の電車内ですでに世界は歪み始めていた。


 つり革を掴む自分の手首を、カメラは隣のサラリーマンの無機質な視線越しに捉える。彼が見ているのは広告か、それとも結衣の痣か。視線の意図が読めない不気味さが、結衣の呼吸を浅くさせる。慌てて袖を引き下ろすが、今度は向かいの女子高生たちの囁きが、電車の走行音に混じってサラウンドのように全方位から押し寄せてきた。


 「……ねえ、見た? あの子」

 「最低だよね。全部知ってるのに」


 明瞭すぎる声。だがカメラが彼女たちを捉えると、女子高生たちは無表情にスマホを眺めているだけで、唇一つ動かしていない。気のせいだ。そう自分に言い聞かせせる結衣の額を、一筋の冷や汗が伝い落ちる。


 学校に着くと、その圧迫感は暴力的なまでに膨れ上がった。

 教室の扉を開けた瞬間、騒がしかった会話が真空に吸い込まれたように消失する。


 カメラは結衣の足元から教室内へ向かってゆっくりと這うように移動する。数十人のクラスメイトが、首だけをゆっくりと結衣の方へ向け、死んだ魚のような目で彼女を「凝視」する。自分の席に向かって歩く足音だけが、裁判官が宣告を下す木槌の音のように「コツ……コツ……」と重く反響し、観客の心臓を叩く。


 黒板の前で教師の手が止まる。「パキッ」とチョークが折れる鋭い音が静寂を切り裂き、教師は教科書から目を上げ、結衣の心の内側を暴こうと視線を突き刺す。廊下ですれ違う生徒たちのひそひそ話が、すべて自分を糾弾する言葉に変換されていく。実際には、誰も何も言っていない。だが、結衣を捉えるカメラは常に遮蔽物の影や、誰かの肩越しから彼女を盗み見るような構図を保ち、世界中が「巨大な目」に変わったことを視覚的に突きつける。


 「ねぇ、真希のこと……」


 喉に張り付く言葉を必死に絞り出し、共通の友人だった子に問いかけた。返ってきたのは、感情の欠落した声だった。


 「え? マキ? 誰それ。うちのクラスにそんな子いたっけ?」


 結衣は凍りついたまま、震える指でクラス名簿をなぞる。カメラは名簿の文字を舐めるように追い、あるはずの「真希」という名前が空白になっていることをアップで映し出す。


 駆け込んだ美術室。壁に掛けられた集合写真の中に、真希の姿を探す。

 だが、彼女が微笑んでいたはずの場所には、塗り残されたような不自然な背景の壁が映っているだけだった。最初からこの世界に真希という人間など存在していなかったかのように。


 (……秘匿されたんだ。真希の存在が、私の罪と一緒に)


 結衣はこみ上げる叫びを抑えようと、自分の口を両手で強く塞いだ。指先が震え、爪が頬に食い込む。

 その瞬間、長袖の奥で黒い痣が生き物のようにドクンと脈打ち、彼女の腕をギリギリと締め上げた。

 静まり返った美術室に、またあの音が重なる。


 「ギー……コォ……」


 音は前方ではなく、背後から床を這い、確実に結衣の背後へと近づいてくる。観客席も同様に背後からのリアスピーカーから緊迫感として伝わる。


 結衣の瞳が恐怖で限界まで見開かれ、背後に「何か」の気配を感じて振り返る寸前、画面は唐突に色彩を失い、すべての音が真空へと消えた。


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