監視遺物(二)
砂嵐のようなノイズが走った後、カメラはローアングルから、アスファルトから土へと変わった地面に突っ伏した状態から立ち上がる結衣を映し出す。色彩は完全に消失し、画面は煤けたモノトーンへと変貌していた。
「……あれ? ここ、どこ……?」
彼女の声は反響せず、何かに吸い取られるようにして消える。
遠くから、ギー、コォ、という規則的な音が響く。それは井戸の滑車が回る音であり、この世界の心臓の鼓動だ。カメラは結衣の視点をなぞり、不気味な長屋を映し出す。障子の破れ目は、まるで瞬きを忘れた死者の眼球のようだった。
結衣は、吸い寄せられるようにその一軒へと足を踏み入れる。
劇場のスピーカーは、結衣の喉が鳴る小さな「キュッ」という音や、衣擦れの音を過剰なほどに拾い上げ、観客の耳元に届ける。
長屋の内部。結衣の足元をクローズアップで捉える。畳がわずかに沈み、ミシリと音を立てるたび、劇場のサラウンドスピーカーからは耳を刺すような高音が響き、観客に強烈な緊張を強いた。
廊下の奥。闇が凝固し、和装の「何か」が音もなく滑り出てくる。結衣の瞳が限界まで見開かれ、心拍音が重低音となって座席を揺らす。彼女は咄嗟に近くの障子を閉め、畳の上に這いつくばって身を低くした。
障子の隙間、和紙の破れ目から恐る恐る外を覗く結衣の視点に切り替わる。そこには和装に身を包んだ、顔のない「何か」が立っていた。それは生き物ではない。この静寂を守り、秩序を乱す異分子を捕らえるために置かれた、血の通わぬ自動装置のようだった。
庭側を映すカメラ。不鮮明な影の塊が、結衣の荒い呼吸に反応するように不気味に蠢いている。さらには廊下の向こう側、観客の背後にあるスピーカーから、カツ、カツ、と杖で床を叩く音が響き、獲物を追い詰めるように近づいてくる。
(……音を立てちゃダメだ。見つかったら、消される)
エコーの効いた結衣のモノローグが頭上から降り注ぐ。彼女は震える足で廊下を這い、一間の奥にある古びた文机へと辿り着いた。机の上には、黄ばんだ半紙と、墨の香りが残る硯が置かれている。半紙には、力強い筆致で「秘匿セヨ」という文字が書かれていた。
「秘匿……」
その文字を見つめる結衣の指先が、目に見えて震えだす。
カツ、カツ。
廊下の向こうから、あの杖の音が近づいてくる。カメラは、結衣の額から一筋の汗が流れ落ち、畳に吸い込まれる瞬間をスローモーションで捉える。
逃げ場のない閉塞感の中、結衣は震える手で墨を擦り始めた。石を削るような「ザリ、ザリ」という乾いた音が、静寂を切り裂く暴力的な音量で場内に響き渡る。その漆黒の液体は、彼女の心の奥底に溜まった泥のような罪悪感を吸い上げ、より深く、より暗く染まっていった。




