監視遺物(一)
劇場の客席に重苦しい静寂が満ちる中、琥珀色の照明がゆっくりと絞られていく。
無機質な銀幕の前に、漆黒の燕尾服を纏った支配人、黄泉野完結が音もなく姿を現した。
スポットライトが彼の厳しい輪郭を鋭く切り取り、マイクを握る白手袋が微かに光る。
「ようこそ、怪異館のシネマシアターへ」
彼の低く通る声が、観客の背筋を冷たい指でなぞるように響く。
「今夜お届けするのは、皆様の『秘匿したい過去』を揺さぶる劇薬でございます。演題は『監視遺物』。上映に先立ち、改めて当館の規約を。場内での私語、および咀嚼音を立てる行為は厳禁でございます。静寂こそが、恐怖という名の晩餐を味わうための唯一の作法。もし、闇の中で誰かの視線を感じても、決して振り返ってはなりません。それは皆様自身の罪が、鏡の向こうから這い出そうとしている合図なのですから。……それでは、上映を開始いたします。どうぞ、最後の一瞬まで、目を逸らさずにご覧ください」
支配人が優雅に一礼し、闇に溶けるように退場する。完全な無音の中、銀幕に放課後の静かな風景が映し出された。
カメラは、黄金色に輝く夕暮れ時の大通りを歩く結衣の背中を、低い位置から追い続ける。画面下部には無機質なテロップが表示された。
【結衣(17) 美術部員】
周囲には下校中の生徒や仕事帰りの人々が行き交い、街の喧騒がサラウンドスピーカーから賑やかに響いている。
(「……少し遅くなっちゃったな。早く、お家に帰らなきゃ」)
彼女の心の声が、劇場の四隅に配置されたスピーカーから、まるで観客の耳元で囁くように漏れ出す。しかし、その雑踏に混じって、アスファルトを濡れた何かで擦るような「粘りつく音」が背後で微かに混じり始めた。
結衣は常に背後に誰かの気配を感じる奇妙な焦燥感に追いかけられていた。恐怖に耐えかねて、彼女が勢いよく180度振り返る。カメラも彼女の動きと同期し、鋭く背後を映し出す。
だが、そこには西日に照らされた無人の歩道が伸びているだけだ。さっきまでいたはずの歩行者たちは、陽炎のように消え去っている。
「え!? 誰もいない……」
結衣は逃げ場所を求めるように、大通りを抜け、近道をしようと細い裏路地へと足を踏み入れた。日の当たらない湿った静寂が支配する。
その時、地響きのような重低音が座席を激しく揺らした。突き上げるような激しい衝撃。
「きゃっ、地震!?」
画面が激しくブレ、結衣は転倒する。肩にかけていた学校カバンが、暗い路地の奥へと滑り込んでいった。
結衣が這い上がり、投げ出されたカバンを追った先。そこは、色彩を失った煤色の武家屋敷街だった。見慣れた電柱も落書きのシャッターもない。ただ、腐った木材の匂いが漂う、先ほどよりも湿った影の通り道。
観客は、結衣の主観映像を通して、逃げ場のない灰色の絶望を擬似体験し始める。




