5 三人の令嬢
その日の晩餐はダイデンが運び入れた食材と料理人でいつになく豪華な物となった。
セルマにとっては三百年ぶりの宮廷料理である。
(マナーを覚えているかしら……)
少々心配である。
でもいざとなったら時代の違いだと開き直ってしまおうと腹を括る。
ユノとダイデンは二人きりで話すというのでこの場にはいなかった。その側近達もそちらに付き添っている。
ということで、今日の顔ぶれは、セルマとピート、三人の令嬢達という形になった。ソフィアは給仕側に回る。
ピートは研究所の職員だが、先の戦いに従軍して子爵位を賜っているれっきとした貴族だった。元々が伯爵令息で社交界デビューもしていたので、令嬢達と面識はあるらしい。
つまりこの場での新顔はセルマだけ。
席に着くとまず最初に自己紹介をしておく。
「ファンセンチ神聖国第一王女セルマと申します。三百年呪いにかけられていましたが、この度ユノ様に助けて頂きました」
「ファンセンチ?」
「呪い」
「王女様……」
三人が口々に言って驚く。
最初の声は儚げな美女といった風情の侯爵令嬢ポルシャだ。
ここに集まる前にセルマはソフィアとピートから令嬢達についての講義を受けていた。
彼女らにとってセルマは言わば立ちはだかる障害物である。あちらからなんらかの攻撃を受けた際に、相手の事情を知っていれば少しは役立つかもしれない、という理由であった。
ポルシャ・レーヌは三人の中で最も『訳アリ』と言っていい立場の女性だ。
昨年、彼女は王都中の話題の中心人物であった。
身分違いの一人の騎士と劇的な恋に落ち、周囲に反対されるも、駆け落ちも辞さないという二人の訴えに父である侯爵が折れた。そして次の戦で手柄を立てれば結婚を認めようという約束が交わされたのだけれど……不運にも、騎士は戦で命を落としてしまう。知らせを聞いた彼女は身も世もなく泣き崩れたのだそうだ。
ポルシャと騎士の話は瞬く間に国中に広がり、王都では二人をモデルにした芝居まで上演された。大悲恋のヒロインとなってしまった彼女は貴族達の間で腫物のような扱いになったと言う。
(だからと言っていつまでも悲しみに浸らせてもらえないのが貴族だわ。ポルシャ様にとってこの縁談は親に命令されてどうしようもなかったのかもしれない……)
勝手に想像し、勝手に同情してしまう。
「ファンセンチ、とは聞き覚えがあるような気がします。……確かこのマイカ領の昔がそのような名前の王国でしたわね?」
ポルシャに同意を求められた公爵令嬢ディアナが頷く。
「魔術が盛んな国だった、と記憶してるわ」
ディアナ・ソルトはユノ達王家の子らの幼馴染だそうだ。
元々王家の誰かに嫁ぐ予定で交流をしていたのだが、正式な婚約が調う前に魔力過多症を発症してしまった。その後は魔術訓練所で治療と訓練を重ね、最近になってようやく完治の診断が出たのだそうだ。公爵家長女という立場だが、国内の年齢と身分の釣り合う相手はほぼ婚約済となっていて、あぶれてしまった感がある。
(ユノ様が魔術の話をしていた貴族の方と言うのはディアナ様なのかもしれない)
セルマはユノの話を思い出す。
「セルマ様は神聖術は使えるの?」
「はい。忘れないようにしていました」
「ふうん。それでユノに気に入られたのね」
納得いった、という顔でディアナがさっさと食事を始めた。貴族生活より訓練所生活が長く、少々令嬢らしからぬ女性だ、と聞いている。
病気の治療を終えたばかりだとは思えないほどに健康的な肌艶をしている。装身具も化粧も最低限のさっぱりとした身なりで、それでもハッと目を引くほどに美しい女性だ。
(ディアナ様ならここでの暮らしも合っていそう……)
そこで、先程から何かを我慢しているようだった男爵令嬢ミアが耐えかねたように口を開いた。
「あのう。セルマ様は、ご自身の身分を証明するものってあるんでしょうか」
ゆるく結ばれたくるくるした髪が揺れる。それにはピートが答えた。
「皆で神聖術を見せて貰ったよ。それを使えるのは王家の一部だけなんだって」
「でもそれはご本人の話だけでしょう? ただのお抱え魔術師だったとしても証明できないですよね」
ミア・サンドはこんな愛らしい見た目からは想像も出来ず、魔術騎士団の団員だ。戦では後方支援だったようだが、ピートとは戦友であると言っていいのかもしれない。
この子の担当は自分、と思っているかのようなピートが彼女の言葉を受けた。
「うーん。どこかに肖像画でも残ってたらいいんだろうけどねえ」
「ファンセンチの文化は焼き尽くされたらしいから。せめて文献でも残ってれば神聖術研究の役に立ったんでしょうけどね」
神聖術に興味でもあるのか、ディアナは本当に残念そうだった。
それを確認してミアがわずかに身を乗り出す。
「と言うことは、セルマ様は現状、自称王女様ってことでいいんですよね?」
「そう……なりますか?」
「そうですよ! つまり、私達は、貴女に他国の王族に対する対応をしなくていいということです!」
非常に嬉しそうに言って皆を見回す。
(そんなことを気にしていたのか)
セルマは意外な思いだった。
王女であることを疑われたのは困惑したが、確かに自分が逆の立場なら相手への礼儀は気になってしまうだろう。
皿の上の料理を切り分けながらディアナが言う。
「別にいいんじゃないの。私達は当分ここで顔を突き合わせることになるんだろうし。セルマ様に限らず皆無礼講で行きましょう。私は構わないわ」
「わあ、ディアナ様はお心が広ーい。ポルシャ様はどうされます?」
「……皆様の、お好きなように」
ひそやかに微笑んだポルシャを見て、ミアが椅子にもたれかかった。
「あー良かった! これで好きなだけ食べられるし喋れます!」
「ミアちゃんが気にするのはそこなんだね」
「……何か、制限のようなものがあったのでしょうか?」
セルマがピートに聞けば、代わりにミアが答えて来る。
「我が国の社交の場では、同じテーブルについた高位の方より多く食べてもしゃべってもいけないと決まってるんです。ただでさえ小食そうな皆様の五番手になんてなったらまともに食べられないと思って焦っちゃいましたよー」
明るく笑い、中央に置かれたパンに手を伸ばす。
二ついっぺんに取った、とピートが驚いている。
「それで? セルマ様はいつからここにいるんですか?」
食べながら器用に話すミアに感心しながらセルマは記憶を辿ってみる。
「そうですね。七日ほど前でしょうか」
「なるほど。それくらいの出遅れなら、まあ、追い抜けるかなあ」
(何が⁉)
非常に気になる発言をされてしまうが追及は出来ない。
目を丸くしたセルマに気が付いたのか、ディアナが再び口を開く。
「セルマ様。一応言っておくけれど。私達……いえ、少なくともこの中で私は、国の方から頼まれてここに来たの。ユノの妻の座が欲しくて無理矢理押しかけてきたんじゃないから、その辺は覚えておいてね」
「は、はい」
そちらの方から突然に本題に触れられて、驚いたセルマはピンと背筋を伸ばした。そのセルマに向かってポルシャが続ける。
「私もディアナ様と同じですわ。断る自由もありましたが、今後の身の置き場としてこの上ないお話だったので引き受けました。……セルマ様。この縁談は、まずユノ殿下は受け入れないだろうと言う前提で始まっています。なのでユノ殿下の生活を脅かさないような形式で、書類だけ整えておく、というのがダイデン殿下のお考えなのです。式を挙げた後、妻となった者は王都の屋敷に住まい、不自由のない暮らしをさせて貰えると聞いております。妻としての役目も領地の仕事も不要な代わりに、ユノ殿下には一生関わらないというお約束なのです」
セルマは驚いた。
「そのような取り決めが……それは確かに、幸せな結婚を望む方にとってはあまりなお話ですね」
ダイデンの言った、この縁談が悪条件、という言葉が気になっていた。国の英雄でありあんなにも美しいユノの妻となれることの何が悪いのか、と思っていたが。そういう事情ならセルマも理解できた。
そこでミアが身を乗り出す。
「それどころか! 一生恋も出来ないんですよ。不倫は厳禁、万が一子でも出来たらすぐ離婚だそうです。普通こういうのって妻は愛人作って好きにしていい、とかなりません?」
「愛……」
「そして団長への復讐や脅迫が目的で誘拐されちゃったりしても、即離婚だそうです。国も団長も妻であった人を助けることはしない、っ言われています。団長の敵は多いのに」
セルマはぶるっと震えた。
「そ、それは確かに恐ろしいです。むしろ皆様が何故そんな話を引き受けようとしているのか不思議でなりません」
「私はユノに借りがあるのよ。私の病気に最初に気付いてくれたのがユノだったんでね。……だから、まあ、形だけとは言え妻を名乗らせるなら顔見知りの方が安心できるかなって。どうせこれから嫁ぐ予定もないしね」
ディアナの返事に、まあ、とセルマは目を見開いた。
「それではディアナ様は……ユノ様のお心を気遣ってここへいらしたのですね」
「色恋じゃないからね。おかしな風に見ないで」
行儀悪くフォークをセルマに突き付けるディアナである。
ポルシャの事情は先程聞いた、と思いながらミアに視線を向けてしまう。するとミアはふふんと口の端を上げた。
「私はがっつり恋愛ですから。セルマ様が団長と出会うずーっと前から、私は団長命です」
「ユノ様はミアちゃんの存在も知らないけどね」
「いいんです、ここからだから。この縁談は私と団長の運命の出会いの為に用意されたんだって思ってます」
「あの……でも、結婚の条件は……?」
そんなもの、と言い切ってミアは思い切り胸を反らす。
「私が団長をめろめろにして撤回させてみせます。大丈夫です、私が狙って落とせなかった相手なんていませんから」
「すごい自信ね」
思わずディアナが言ってしまう。聞いたピートはため息をついた。
「まあ、確かに、ミアちゃんの周りはその手の揉め事が絶えなかったけどねえ」
「言っておきますけど私の本命は団長だってちゃんと周りには伝えてあるんですよ? 勝手に喧嘩になるのは私の責任じゃないですからー」
「ミアちゃんは、思わせぶりと言う言葉を辞書で引いてみた方がいい」
「えーなんか知らないけどピートさんが絡んできますーうるさいかもー」
言ってぱくりと新しいパンに齧り付く。
「つまり、ミア様はセルマ様を排除するおつもりなんですのね」
ポルシャの言葉にミアが喉を詰まらせる。その間にポルシャの目はセルマに向けられた。
「私が妻に選ばれた際には、この地には残りません。なので貴女様が内縁の方として殿下をお支えすることは可能なのですよ。ご安心くださいね」
「ポルシャ様……! よろしいのですか……っ?」
まさかの言葉にセルマの心に光が差し込んだ。ディアナが便乗してくる。
「まあそうよね。ユノのあの様子じゃ貴女を認めないって言ったら即叩き出されそうだったし。私も側室を認めるわ」
「ディアナ様っ」
セルマは二人の令嬢を見て瞳を潤ませた。
(ユノ様のお傍にいることはほぼ諦めかけていたのに……! なんて優しい方々なの、ユノ様の国の方は心まで豊かな人ばかりなのね……!)
この流れに怯んだのはミアである。
「わ、悪いけど。私は私だけを愛して貰えなくちゃ嫌だから。一月後の最終決定までに、セルマ様のこととかどうでもよくなるくらいに団長に夢中になって貰いますんで! 正々堂々と勝負しましょう!」
「うん。ある意味潔いね」
ピートが呆れ半分感心半分の顔で頷いている。セルマも複雑な気持ちになる。
(確かに。私達を油断させてからこっそりユノ様に近づくと言うやり方もあった筈。とても正直で……ユノ様が大好きなことが伝わってくる方だわ)
まぎれもない恋敵であるが、どこか憎めないと思ってしまう。
想像したよりも強かった人。不愛想に見えて義理堅い人。言葉の感触より純粋な人。
最初の印象とはまるで違った令嬢達に、人は話してみなければわからないものだなと思いながら、セルマはその日の晩餐を終えた。
せっかくの久しぶりの宮廷料理は、何を食べたかも記憶に残らなかった。




