4 彼らの到着
二人がお互いへの気持ちを深めてから、数日後のことだった。
突然何の知らせもなく、王都から、ユノの兄である第四皇子ダイデンがこの地へ訪れた。
領地にかけられた防衛魔術の警報に何事かとざわめいたユノ達だったが、一行の馬車にダイデンの印があるのを確認して撃退は止めた。皇族を問答無用で追い払う訳にもいかないので、ひとまず話を聞いてみようとなった。
ダイデンは単身ではなく、護衛やその他の馬車を数台伴っての訪れだった。自分達が排除魔法に見逃されたとはおそらく気付かないまま、屋敷前までぞろぞろとやって来た彼らは広くもない敷地を埋め尽くした。
玄関ホールで様子を見ていたランが気が遠くなりそうな顔になる。
「……この人数を、受け入れなければならないのか」
「勝手に押しかけて来たんです、あちらもそれほどのことは期待していませんよ」
「そうだよね、文句言われたら研究所に押し込めようよ」
「……セルマ」
ユノがセルマの手を包む。
「兄上が何をしに来たのかはわからないが。せっかくの機会だ。貴女に兄上に会って貰いたい」
「はい」
やがて馬車から降りて来た男性が、少しの遠慮もなくずかずかと屋敷内に上がり込んできた。ユノを見つけると気軽に手を上げる。
「おう、ユノ。しばらくここに滞在するぞ。お前は充分にもてなすように」
「勝手なことを。まあ、本来ならすぐにでも追い帰す所だが今度ばかりは丁度よかった。……紹介する。我が最愛の女性セルマだ。許可が出たらすぐにも結婚しようと思っている。王都に戻った際は兄上からも父上に口添えしてくれ」
「何を馬鹿な。そんなの駄目に決まっているだろう」
ブンと片手を振ってあっさりと却下されてしまった。
思っていたのと違う結果にセルマはショックを受ける。
(私をちらりとも見て下さらない……)
正直なところ。ソフィア達が余りにも二人の仲を大歓迎してくれたので、この縁が反対されるなどとは夢にも思わなかったのだ。元々の身分が王女だったせいもあるかもしれない。ユノの他の関係者もきっと喜んでくれるだろう、と無邪気に思い込んでいたのである。
よくよく考えてみれば、元とは言え大国の皇子と素性の保証されない娘との結婚など、すんなり認められる方がおかしいのだ。
(……いえ、まだ諦めては駄目。きっとユノ様がここから説得して下さる筈)
自分に言い聞かせながら、改めて目の前に立つダイデン皇子を眺めてみた。
ユノと同じ髪色と瞳の色。背はユノよりも少し高く、青年らしい体格をしている。ユノをもう少しだけごつごつさせたらこんな感じ、という男性らしい美形だ。
まだ旅装も解いていない状態だが、身に付ける物はどれもこれも一目でわかる華麗で豪華な一級品である。
(国の豊かさだけでももう、小国だったファンセンチとは大違いね……)
例えセルマが王女のままだったとしても、ユノとの釣り合いは取れなかっただろう。ましてや今、何も持たない自分を顧みてしょんぼりとしてしまう。
素晴らしい装飾に彩られたダイデンのマントが、そんなセルマの前でばさりと翻った。
「くだらん話はいいから早く部屋に案内しろ。皆疲れてるんだよ」
「急に押しかけてきて随分とえらそうじゃないか。そもそも私の婚約に反対する者をこの屋敷に置きたくないね。悪いがこのまま帰ってくれ。譲歩して何日か屋敷の外で野宿するのは許す」
「はあ? お前、マイカ特別領主ごときが王位継承権を持つ俺を追い出せるとでも思うのか」
「全員記憶を奪われて王都に飛ばされたくなかったら自分からさっさと動いた方がいいのじゃないか?」
ユノとダイデンが真っ向から睨み合う。隣にいたセルマは取り成すべきかとおろおろしてしまう。
そこで、後ろに控えていたランが割り込んで来た。
「そもそもダイデン殿下は何故こちらへ? このタイミングということは、ユノ様が城を出た後ですぐに追って来られたということですよね?」
「そうだ。渡すものがあるからそれまで出発を待てと言ったのにさっさと行ってしまうから……こうして、わざわざ届けに来てやったんだ」
「……殿下自らの引き渡しということは、それは大変貴重なものなのでしょう」
「無論だ。今、披露しよう。……これへ」
ダイデンが背後を促した。
すると、既に屋敷の中にいて、いつのまにか旅装のマントを取っていた人々が前に出て来た。その華やかさに玄関ホールが一気にぱあっと明るくなる。
「レーヌ公爵家三女、ポルシャでございます。ユノ殿下。以後お見知りおきを」
銀色のつややかな髪を揺らした美女が礼をする。
「サンド男爵家長女ミアと申します。魔術騎士団に所属しております」
栗色毛のかわいらしい女性が挨拶をする。
「……ソルト公爵長女、ディアナ」
最後に言った黒髪の女性をユノは指さした。
「ディア? お前、なんでここに」
ユノの問いかけを、ディアと呼ばれた女性は無視してぷいと顔を背ける。
そのやり取りには構わずに、ダイデンが女性達を示すように腕を広げた。
「この者らは、お前の妻に相応しいと国で選んだ令嬢方の中で、悪条件のお前などに嫁いでもいいと受け入れてくれた心優しき女神たちだ。ユノ。お前の妃はこの方々の中から選んでもらう。お前の為に動いた我々の労力を無駄にはするなよ」
「当人に断りなく何をしてるんだ。そんなこと私は頼んでいないぞ」
(終わってしまった……)
怒るユノの一方で、今度こそセルマはがっくりと肩を落とした。
なんとなく、ユノはもう国の干渉から逃れた立場だと勝手に解釈していた。それがそうではないらしい。
セルマは短い夢から醒めたような気持になる。
(王族の結婚は役目の一つだわ。このようにはっきりと国からの命令が来た以上、従う以外の道はないでしょう。……ええ、むしろこの幸せが当たり前になってしまう前で良かったのかもしれない)
失礼にはならないような視線で、並ぶ令嬢達に目を向ける。その眩しさにくらくらした。
(皆様、綺麗な方ばかり……堂々として、動作の一つ一つまで洗練されていて……きっと、ユノ様をお支えするのに必要なものを持ち合わせている方ばかりなのだわ)
段々と気持ちが落ち込んでいく。
(……諦めるしか、ないのでしょう)
目の前の現実を受け止めて、くっと唇を噛みしめた。
そして無理矢理に頭の中を切り替える。
ここは当初の予定通り、使用人として屋敷に残る方向にするしかない。どちらにせよ、今後女主人が置かれるのなら女性の人手はあった方がいい筈だ。
(ええ。私はユノ様のお役に立てるならそれでいい。せめてどうか寛大なお心の方がユノ様の奥方様になられますように)
密かに祈る。
その間にダイデンの話は進んでいた。
「お前の妻の座を空けておいたらどのような輩に付け込まれるかわからんからな。形だけでも身元と教育のしっかりした女性で埋めておけというのが国の方針だ」
「なら余計なお世話だね。妻の座なら私自身で素晴らしい相手を見つけたのでその方に座ってもらう」
「素晴らしい相手? ほう、どこにいる? まさかそこの使用人のような服を着た貧相な小娘のことじゃないだろうな?」
「!」
「ユノ様!」
「⁉」
ダン! と音が響く。
その場の誰もが一瞬何が起きたかわからなかった。
ダイデンの言葉が終わると同時に、ユノが激しく彼を睨んだ。すると突然ダンデンの体が後方に向かって吹き飛ばされたのである。
床に転がるダイデンに周囲の者が慌てて駆け寄る。
「わ、私じゃない!」
その姿を見てユノは叫んだ。
ランは深くため息をついて首を振っている。
人々の手を借りてよろよろと立ち上がったダイデンがこちらを見る。
「……兄に手を上げたな」
「私は何もしていない! 魔術を受けたかどうかくらいわかるだろう!」
「さあ? 我々にはわからない。お前の怒りが無意識に攻撃を発動したのかもしれないぞ? おい皆、見ていたな! マイカ領主はご乱心だ!」
大袈裟に両手を振り回したダイデンが、するりとユノの前に立つ。
「……だが安心しろ。お兄ちゃんはこんなことでかわいい弟を反逆罪で訴えたりしない。ただこの怪我が治るまでの一月の間、俺の連れと共にここで療養する許可が欲しい」
「ぜ、全員の記憶を消してしまえば……」
動揺するユノの肩にランが手を置く。
「次はもっと悪辣な準備をして舞い戻ってくるかもしれませんよ。一月だけ、どうにかやり過ごした方がマシです」
ユノは、うう、と唸って拳を握り締める。
「……わかった! 滞在は許そう、だが私は一切貴方達に関わらない! そちらからセルマに接触するのも禁止だ! ……セルマ」
ユノの目が立ち尽くすセルマに向けられた。
「何も案ずることは無い。私はなんとしてでも貴女と結婚してみせるからな」
「……はい」
こちらは既に諦めかけていますと言う訳にもいかず、表面上は頷いておく。
その返答に満足して退場しかけたユノだったが、ふと思いついたようにディアナを振り返った。
「……今のはお前が手を貸したのか」
「何の話かしら」
ディアナはにっこり笑い返す。
少しだけ睨んだユノはそれ以上追求せず、今度こそホールを出て行った。
これを見届けて、いててと肩をさすりながら、こちらに話しかけてきたのはダイデンだ。
「……ふむ。どこかで見たような見ないような顔だな。城の自分付きの侍女でも連れて来たのか」
突如大国の皇子に直接声をかけられたセルマはぎょっとした。
ユノ自身と言い、わりと気さくなお国柄であるのかもしれない。
「……ユノ様とは、こちらで出会いました」
「ということは近隣の村娘か? まあ、いずれにせよ、あの弟に人恋しさを覚えさせたことには感謝しよう。平民が一生食うに困らないだけの褒美をくれてやるからおとなしくどこへなりと去るといい」
セルマに接触するなと言うユノの警告は完全に無視するつもりらしい。ユノに続いてこの場を離れるべきだったと少し後悔する。
「……恐れながら。私の望みはユノ様のお役に立つことでございます」
「そなたが立ち去ればこの先のユノの立場に充分役に立つ。むしろ貴族ですらないその身でこれ以上の己の活かし方があるか?」
セルマは言葉に詰まった。
そう言われてしまえばそうなのかもしれない。
(いつか消えてしまうかもわからない恋心よりも。ユノ様の、この先の長い人生の為には私はお傍にいない方がいいのかも……)
セルマが無言で考えに沈んでしまう。
すると、ソフィアがわざとらしい程の大きな声で言った。
「さあさあ! 難しいお話は後にして、ともかく皆様をお部屋にご案内しましょう。まずは応接室で休んで頂いて、その間に個別のお部屋の用意を致しますね」
一同を見回す彼女にランが続いて来た。
「しかし、どうしたものでしょうか。ここは本当に小規模な屋敷です。これだけの貴人が一斉においでになっても部屋の確保が出来るかどうか……なるべく複数の方で同部屋になってもらうという見込みで、必要な部屋数を教えて頂いてもよろしいですか」
その問いかけに軽い話し合いが行われ、この一団の事務的責任者らしいダイデンの側近が数を伝えて来る。それを聞いたマイカ領の人間達は顔を見合わせた。
「これだと、僕とランは研究所に移った方がいいね」
「私も移ります!」
セルマが手を上げるとランとソフィアは厳しい顔で首を振る。
「それはユノ様が許しません」
「むしろそれなら自分もそちらへと言い出しかねませんね」
「そうだ! セルマさんがユノ様の部屋に行けば一つは空くよね?」
「⁉」
ピートの言葉に皆が注目してしまう。
ぎくしゃくと体を動かしたセルマはソフィアを振り返る。
「しばらくソフィアさんとご一緒させて下さい」
「……色々と、その方がよろしいかもしれませんね」
頷くソフィアにセルマはホッとした。
「これで貴人はなんとかなりましたか。後は騎士達ですね。やはり野営してもらうしかないか……」
「夜は冷えるしかわいそうな気もするけど。研究所で魔術師のおもちゃになるよりはいいよね」
「ああ……でしたら!」
思いついたセルマはぱんと手を叩いた。
そのまま皆を促して屋敷の外に出る。
屋敷前に溜まっていた騎士達を数え、馬車を通り過ぎて塀の外に立つと。
セルマはその場に手を付き、地面に顔を近づけた。
『30人分の家屋を』
セルマが言うと。
草原の表面がぼこぼこと盛り上がり、土で出来た真四角な建物が次々と建っていく。
ふう、と息を吐いて皆に振り返る。
「ずっと暮らすのでなければこれでいいですよね」
「まあ! まあ!」
ソフィアが手に口を当ててただただ驚いている。
ランも大きく口を開けていた。
「おいラン……これは一体どういうことだ。その女性は何なんだ……!」
いつの間にかついてきていたダイデンもこの光景に目を見張る。
問われたランもソフィアも目の前のことにいっぱいで何も答えられない。
皆の視線を集めながら、せっかくだからユノにも見て貰うのだった、とセルマは今更気付いて反省するのだった。




