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生きる亡霊にされた王女が何かを取り戻す話  作者: 佐屋 理由


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15/16

15 報復

「全員拘束して」


 その途端、セルマ達の体は目に見えない縄のような物で縛り上げられた。壁際の騎士や文官に至ってはそのままばたばたと床に転がされていく。

 唯一残った一人の騎士がゆっくりとジェマの後ろに立った。その顔を見たセルマはハッとする。


(あの方は……私を攫った騎士……?)


 魔術師が騎士に変装していたのか、元々そういう装備の魔術師なのかはわからない。恐ろしく無表情なその人物は、常時空間に指で何かを綴っていた。おそらくそれが詠唱の要らない魔術なのだろう。


「……おかしいですね。皇宮内ではこのような魔術の制限がされている筈では?」


 しっかりと縛られながらもまるで動揺のない顔でレオが尋ねた。ジェマの口の端がにんまりと上がる。


「とっくに整えておきましてよ。貴方方が私を軽んじている間にね」

「優先順位を入れ替えましたか……それとも何らかの方法でその者の魔術に制御が触れないようにしたとか……?」

「さあ。どうでしょう。貴方方にはわからないかもしれないわね、私の魔術師は優秀ですから」


 背後の騎士姿の魔術師に頷きかける。

 ジェマの視線が外れたと見てレオがユノに目を向けるがユノは小さく首を振った。この状況を打破できるかの確認をして、出来ないとユノが返答したようにセルマには見える。

 ダイデンとジェイドはただただ母の暴挙に呆然としていた。シンガ皇帝はふと思い出したような顔をする。


「……あの時、落とした髪飾りを取りに一人で戻ったね」


(髪飾り……?)


 セルマは言葉の意味を考えた。隣のユノと向かいのレオは顔色を変える。


「それはまさか……地下聖堂に義母上を通したのですか……!」

「随分前の話だよ。どうしても一度見てみたいと強請られてしまったんだ。でも入れた所で何も出来ないだろう? あれはウィード皇家の血が鍵となっているし、そもそもジェマは魔術師ではないのだから」


 二人の会話の後、ユノがセルマに説明する。


「父上にしか解錠できない城内の魔術を制御する為の部屋があるんだ。しかし父上の言う通り、例え中に入れたからと言って皇家の血も引かず魔術師でもない義母上に書き換えなどが出来る訳がないのだが……」

「あら、でも実際に出来ましてよ? きっと長くこの国に貢献してきた私を、城が皇家の一員と認めてくれたのでしょうね」


 ほほほとジェマが笑う。

 セルマは知っている。この人間は、それが自分の欲望を叶える為ならば、最上級の禁忌の魔術でさえ一点突破で取得してしまう者なのだ。何故その知力や能力をまっとうな方向に生かしてくれなかったのかと思う。


「さて。どうしたものかしら。正直、ここまでのことになるとは思っていなかったわ」


 閉じた扇を頬に当ててジェマはぐるりと室内を見回す。

 騎士や文官達は必死にもがいていたが互いにぶつかり合うだけだ。ユノ達はそれぞれが何かを試しているが、ことごとく失敗しているらしく緊張した表情を見せている。

 ジェマはそんな彼らを見て満足そうな笑顔を見せた後、わざとらしい大きなため息をついた。


「まあ、仕方ないわね。私の価値を正しく認めなかった貴方方がいけないのだから。……ではこうしましょう。平民との結婚を陛下にお願いしたユノ様がそれが認められなかったので暴走し、制御魔術を破壊した上で陛下を含めここにいた者達を皆殺しにしてしまった、と」

「母上……! 貴女は何を言っているのですか」


 ようやく気力を取り戻したジェイドが言葉を発した。それへ笑いかける。


「ジェイド、安心なさい。貴方は生き残るのよ。お母様はね、貴方が一番かわいいの。貴方を皇帝にする為にあれこれ頑張って来たのよ? ダイデンは……そうねえ。私の子に一人くらいは犠牲が出ないと怪しまれるから貴方はそちら側に行って貰おうかしら。そうだわ! 貴方にはユノ様から私を守って命を落としたという名誉の死を授けましょう!」

「母上、落ち着いて下さい。自棄になってはいけません。……父上は話を知ったばかりで頭に血が上っているのです。大丈夫、父上は深く母上を愛しておられますよ。もちろん私も兄上達も。なに、暗殺は未遂だったのです。少し時間を空ければもう少しほどよい罰がある筈だと皆も思い直すでしょう」

「あらジェイド。それではまるで私が陛下の寵を失くして逆上しているかのようじゃない。……違うわ。私の方が、もう、ここにいる者達を要らないと捨てることにしたのよ」

「ですが母上は父上も兄上も愛しておられますよね⁉」


 ジェマは煩わしそうに顔を顰めた。


「そうね、これ以上口を挟めば貴方とダイデンの役目を入れ替えてもいいかしらと思うくらいにはね?」

「っ……」


 びくりとしたジェイドは口を噤んだ。ジェマは満足そうに頷く。


「私はもう決めてしまったの。この惨劇の結末はね。私への愛ゆえに護衛魔術師に落ち着いていたけれど、実はユノ様に匹敵する力を持つ私のドウマがユノ様を退治してくれた、ということにするわ。今まで日陰の身で悪かったわね。ついに貴方が国の筆頭魔術師と呼ばれる日が来たのよ」


 背後の騎士に手を伸ばし、ぽんぽんと体を叩く。

 もう何も言い返せないジェイド、苦し気に俯くダイデン。シンガとレオは視線で何かのやりとりを交わし、ユノはもはや堂々と次々と魔術を詠唱しては結ばないそれに顔を強張らせる。


 気持ちよさげに彼らを見まわしていたジェマの目が、ふと、自分を見るセルマに気付いた。


「……おかしいわね? どうしていつもこうなってしまうのかしら。でも今度は国ごと亡ぼしたりしないから最悪ではないでしょう?」


 にっこりと笑いかけたその瞳の奥に光はない。

 セルマは沸き起こりそうになる衝動をぐっと堪えた。


「ジェマ。……愚かな真似はやめて」


 話をしなければ。と、セルマは思う。

 遠い昔のあの日、あのような結末になる前に、もっとこの相手と意志の疎通をしていたら回避できたこともあったかもしれない。

 正しい手段で持ち掛けてみれば案外マイカの王子はジェマを気に入ったかも。セルマは嫁に行かずに済んで、家族と共に国内で平穏な人生を終えていたのかもしれない。


(だから……後でもっと別の道があったと後悔するようなことにだけはなりたくない)


 ジェマとの落としどころを見つける為に、必死に方法を考える。


「ねえジェマ、こんな形で突き進んだところでうまくいく訳がないでしょう? それなら、今この場で、貴女の罪を減刑することと引き換えに皆様を解放する約定を交わすことをお勧めするわ」

「無理だ出来ないうまくいく訳がない。私が何かやろうとする度に、人からたくさんの忠告を受けて来たわ。でもねセルマ。やってみたら、案外出来てしまうものなのよ。単に私が優秀で強運を持ち合わせているからという理由なのかもしれないけど」

「ジェマ、貴女が本当に欲しいものは何なの? 我が子の誰かを皇帝にしたところで、その方が貴女の言いなりになるとは限らないじゃない。私が貴女の子供なら、こんな危険物のような母親は真っ先にどこかへ閉じ込めてしまうわ」


 ジェマがキッとセルマを睨んだ。

 セルマにはジェマ達母子がどのような関係性を築いているかなど全く知る由もない。でも、思うのだ。


(自分が愛されて当然と思うことと、誰かを信じることは別問題だわ。そしてジェマという人は、例え家族であっても自分以外の人間を心から信じたりしない筈)


 考えながら言葉を続けた。


「ここを逃げ切った所で貴女の様な人は絶対に誰かの恨みを買って命を狙われる。これまでそうならなかったのは、皇帝陛下の庇護と次代はレオ殿下が後を継がれるという事実があるから見逃されていたのじゃないの?」


 心当たりがない訳ではないのだろう。ジェマの顔が不快気に歪む。


「……見苦しい命乞いはおやめなさい」

「第二皇子様と第三皇子様はどのような方なの? お二方を退けてジェイド殿下を皇帝にすることを喜んで受け入れてくれるの? 貴女の罪を暴き排除すれば自分が皇帝になれるという欲望に取りつかれない方なのかしら?」

「セルマ!」


 飛んで来たジェマの扇がセルマの体に当たる。

 少しだけ荒く息をしてから呼吸を整え。しばらくしてから、ジェマがあでやかに笑みを浮かべた。


「なんとでもお言いなさい。私はね。一度望んでしまったものは何がなんでも手に入れたいの。だってそうしないとそのことばかりを考えて気がおかしくなってしまいそうになるんですもの。手に入れた後のことなんてその時考えればいい。手を伸ばしたものを途中で諦めるなんて選択肢は私にはないのよ」


 ジェマの言葉を聞き、セルマは自分の体が熱くなるのがわかった。


(ああ……もう、駄目なのだわ)


 セルマの中にはもうこれ以上彼女を止める言葉はない。


(……でも。これで今度は後悔は残らない)


 出来ることはやった。

 一度、瞼を閉じてから声を出す。


『ジェマ達の拘束を』


 セルマは言った。


 すると。

 開け放された窓の向こうから伸びて来た植物の蔓が一気にジェマの全身に巻き付いた。ジェマの魔術師も詠唱が出来ないよう口元まで蔓で覆った上で、締め上げて意識を奪っておく。蔓に咲く赤い花に覆われて、二人は血まみれになったように見える。


 魔術師の動きが完全に止むと、セルマ達にかけられていた拘束も消えた。

 ユノ達の驚きの目が自分に集まるのがわかる。


「セルマ……これは一体……」

「どうして! ここはファンセンチじゃないのに!」


 椅子の上でぎりぎりと体を締め付けられながらジェマが叫んだ。セルマは冷たい目を向ける。


「貴女は興味もなかったかもしれないけど。ここは女神ダーヴィアを祀っている土地でしょう。私達の先祖の中にダーヴィア領の王家から嫁いできた方がいるの。つまり、私達にはこの土地の女神と契約する資格があるのよ。……先程それを確かめたわ」


 神聖術は土地に結び付いている。後付けで構築された魔術より上位の力を持つことはセルマにはわかっていた。


 言葉を失うジェマを見つめながら、セルマは両手を握り締める。


「申し訳ありませんユノ様。これは三百年前の負の遺物です。私が責任を持って始末致します。ファンセンチ王家の最後の務めと思って下さいませ」

「セルマ……」

「誰か! この女を止めなさい! ジェイド! ダイデン!」


 ジェイドは両目に涙を浮かべたまま動かない。ダイデンは静かに首を振った。子供らを見てジェマは怒りに震える。


(それでも、ダイデン殿下達の母親だと思ったから)


 死なせずに済むのなら、自分の憎しみには蓋をしてでもその方法を探そうと思っていた。けれどジェマとの対話でセルマが手にしたのは、この者を残しておけば再び災いが訪れると言う確信でしかなかった。

 俯くセルマの手にユノの手が重ねられる。


「……セルマは、それでいいのか。ほんの僅かでも貴女の心に影が残るのなら私が引き受ける。貴女自身の望みをよく考えてみてくれ」


 問いかけられ、セルマは自分の心を顧みた。


(私の望み……?)


「セルマ! 思い出しなさい! 貴女が生きてユノ様に出会えたのは私のおかげよ!」

「……貴女は私の家族と国を奪ったわ」

「あれは私じゃない、マイカ王国がやったのでしょう!」


(そう。貴女の中ではそういう認識だったのね)


 だから苦しまなかったのか。ジェマの考えを一つ知って納得する。


「ジェマ。きちんと受け止めて。あの悲劇は貴女のせいで起きたのよ。貴女と私の大事な人達が死んでしまったのは貴女が悪いの」


 言い含めるように言えば、ジェマは目を見開いたまま固まる。


 セルマはユノの言葉を考えていた。

 三百年前この者によって地獄の様な場所に落とされて。家族や国を失って。今もまた、最愛の者の命を狙われた。


(彼女が苦しまず生きていることが許せなかった。それなら、私はどうすればいいの?)


 ジェマをどうしてしまいたいのか。

 例えば、凶悪な犯罪者へ死罪に次ぐ刑として課せられるような、きつく悍ましい体罰を与えれば気が済むのか。それは不快な思いしか抱かない。


 強いて言うなら、セルマはジェマに反省をさせたかった。自分が何をしたのかを認識させ、心からの謝罪をさせるのだ。


(今この場でそうさせたら満足する? 生殺与奪を握った上での謝罪を貰って嬉しいかしら? なら、これから教育でそのように導けるのならそうしたい?)


 それも何かが違う気がした。


 彼女が己の罪に苦しめばセルマの心は少しは楽になるだろう。けれど家族達への申し訳なさなどは彼女に期待しても無駄だ。

 ならせめて、ジェマには自分自身の行いを後悔して欲しかった。ジェマという人間が自らの愚かさを悔いて惨めに朽ちて欲しい。


(でも、確かにジェマの言う通り、家族と国を直接に滅ぼしたのはマイカ王国だわ……)


 となればセルマが彼女に与えられる報復は、セルマ自身がジェマから受けた被害についてではないのか。


 セルマは立ち上がり、椅子の上で身動きの出来ないジェマを見下ろす。びくりとジェマが体を揺らす。


「嫌よ……私は死にたくないわ! やめてセルマ、なんでもするから! そうよ贖罪の機会をちょうだい! 私の全財産を、私が不幸にした人達の何倍もの人々に分け与えて幸せにしてあげましょう! 奉仕が必要ならそうするわ、苦しむ者達の為に身を粉にして働けばいいじゃない!」

「悪いけれど。私は聖女ではないのよジェマ。貴女への憎しみと恨みに苦しむ怨霊なの。……私と私の家族の為になること以外でこの気持ちが収まりはしない」


 ジェマの懇願を無視し、ユノ様、と呼びかけてそちらに顔を向ける。


「例えば……一人の人間に、罪となる行為を禁じたり、魔術を使用できなくしたりする魔術はありますか?」

「ああ、罪人にはよく使われるな」

「では、一人の人間が誰からも認識されなくなることは可能ですか? 私がかけられた呪いの様な姿を消してしまう物ではなく……本人の体はそこにあって、食べたり眠ったりも必要だけれど、周囲からはそこに一人の人間がいるとは気付いて貰えない……人に触れることも出来ず、文字や何かで対話をすることも封じてしまうような」


 老いがなければまた数百年後に魔術を解かれてしまうかもしれない。それは避けたかった。

 セルマの要望にユノは頼もしく頷き返した。


「セルマが望むなら私がその魔術を作ろう。研究所の者達と最短で仕上げでみせる」

「ではそこに、皇宮からは決して出られないという制限もつけて下さい」

「わかった」


 ユノとの会話が終わってセルマはジェマに視線を戻す。

 ジェマはただ激しく震えていた。


「セルマ……?」

「そういうことよ。貴女の望み通り、命ばかりは奪わないわ。……けれど貴女の存在はこれから誰にも気付かれなくなる。貴女は生ける亡霊となるのよ、ジェマ」

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