14 罪を暴く
セルマ達が案内されたのは同じ皇族居住区の中にある談話室と呼ばれる部屋だった。
中に入り、部屋にいる顔ぶれを確認する。
壁際には、幾人かの騎士と文官らしい男性達が立っていた。
中央の椅子に座るのが皇族らしい。一番手前に座るのはジェイド。その隣にダイデンがいて、テーブルを挟んで向かい側にはレオがいる。
彼らの奥には、先程までと身なりは同じだが汚れは魔術で落として来たらしいジェマと、ダイデンにそっくりの、彼が歳を取ったらこうなるだろうという風貌の人物が並んで座っていた。
(あの方が。ウィード帝国皇帝シンガ・ウィード陛下)
皇帝と聞いてセルマが想像していた姿とは大いに違った。服装は限りなくくだけている。飾り気がなく質の良さそうなシャツにズボンに柔らかな白い上着を羽織っていた。外見は決して猛々しくはないのに、何故か恐怖を感じる視線を受けてセルマは身を縮ませる。
ユノはそんな彼女に気付かないままその手を取った。
「皆に紹介しておこう。彼女は私の最愛の人、今は亡きファンセンチ神聖国の第一王女セルマだ。私は彼女と結婚することに決めた。許可をくれますね父上」
突然の状況にセルマは慌てて王女の礼をする。
緊張したまま視線を上げれば、顰め面の皇帝シンガが待っていた。
「僕は、反対だなあ。だって君、そんなややこしい妻を貰ったら色々と面倒が集まって来るでしょう。あるかないかわかんないような血筋の輩を集めたファンセンチ復興とか、神聖術を手に入れたい狂信者とかさ。ただでさえ君自身を利用してやろうって人間が多いというのに……これ以上そういうのが来たら君の大好きな魔術の研究に割く時間が減ってしまうけど、それはいいの?」
「構いません。それがセルマを得る為に必要な対価なら」
即答したユノに、シンガは大袈裟に身を仰け反らせる。
「へえええ! 恋って人を変えるもんなんだねえ。うーん。でもなあ。僕はかわいい君が災いの芽を拾い上げることに納得できないんだよねえ。君はさ、大陸統一までしてくれたじゃない。その恩に報いて、今後は呑気に暮らさせてあげたいんだよ」
「呑気に暮らしたいと願った覚えはありません。私は、私の望むように生きていくことを報酬として頂きました」
うーんと頭を抱えたシンガは、隣にいるレオに目を向けた。
「ほら、君も。なんとか言ってやってよ」
「私は弟には逆らいません」
「えー! 君ってそんなだっけ?」
皇帝の、息子達へ向ける言葉が思っていたより気さくでセルマは目をぱちぱちさせてしまう。
(でも……お子様達の方からは、あまり親しみを感じない?)
だからと言って怖がっているというようにも見えない。強いて言うならがっちりと隙を見せないようにしている、という感じだろうか。
「じゃあレオはいいよ。次、ほらダイデン」
「……彼女の存在を知る関係者にはただの平民と伝えてあります。今後もそのように発表すればいいかと」
「ええ! 君もそっち? でもほら用意した子達とユノを結婚させれば君にも旨味があったんだよね?」「その辺りの調整は既に対処済みです。私も含め、皆納得のいく結果になりました」
「えー相変わらず仕事早いねえ! じゃあ、僕だけなの、反対は。……一応聞いておこうか、ジェマ、君は?」
答えを求められ。それまで黙っていたジェマが、突然嘘くさい笑顔を作る。
「私は賛成しましてよ。ユノ様、お任せ下さいな。陛下についてはこの後私がしっかり説得して差し上げましょう」
ほほほと笑うジェマからセルマは目を逸らす。
(まだユノ様にたかるのを諦めていないのね)
どこまで面の皮が厚いのだ、と密かに腹を立てる。
一方、妻にまでそう言われてしまったシンガは明らかにふてくされた様子になり、どすんと椅子にもたれかかった。ジェイドが発言を迷っているようだがそちらは取り上げないつもりらしい。しばらくしてからシンガは両手を振り回す。
「ああ、ああ、わかったよ! 僕以外は皆が同じ意見なんだね。頑固に反対したら僕だけがユノに恨まれるって訳だ。……だったらとりあえずは許可を出すってことにしておくけど? でも人間の恋情なんて数年しか保たないらしいしね。またその頃になったら離縁を薦めてみるけど、その時はいちいち怒らないでね」
「無駄な手間だとは思いますが、覚えておきます」
ユノが頭を下げる。
(……あら?)
気付けばユノがセルマの手を握っていた。
セルマが見上げると、そこにユノのきらきらした笑顔が待っている。
「セルマ。……私達の結婚が認められたぞ」
「! ユノ様……本当によいのですか?」
「ああ。これでもう横槍が入ることも無い。君は私の物で……私は君の物だ」
「……はい! 皇帝陛下、皆様、感謝申し上げます」
一度ユノの手を離れ、セルマの時代の王族女性の最敬礼をしてみせる。
これを受けて、レオに促されたその場の者達がそれぞれ短く祝いを述べて来る。
顔を上気させたセルマとユノはただ幸福に包まれて互いに見つめ合った。
(嬉しい。これでこれからもユノ様とずっと一緒にいられるのだわ……! ああ、人目がなければユノ様に抱き着いてしまいたいのに……!)
「それでは、本題に入ろうか。ユノ、セルマ殿、君らも席について」
そこで突然レオ皇子が言った。
(本題⁉)
驚いたセルマはばっと振り返る。そしてとにかく言われるままユノと共に一番手前の椅子に腰を下ろす。
ユノを含め他の者達は知っていたようで特に動揺を見せない。見回せば、騎士や文官達も先程よりも緊張感を漲らせていた。
「さて。これよりマイカ領特別領主ユノ・マイカに寄る訴えを審議する。ユノ」
名指しされたユノは室内を見回した。
「ああ。取り上げて貰いたい件は二つある。まず、この度、私の大事なセルマが義母上の手に寄り無法に誘拐された。処罰を検討して頂きたい」
「ふうん。ジェマ。ユノはこう言ってるけど?」
「皇后が平民を呼びつけただけですわ。間の煩わしい手順を省いただけで、彼女がこちらに来ると言う結果は変わらないでしょう? しかも怪我一つなく戻したのだから何の問題もないじゃありませんか」
手にした扇でセルマを指し示す。
それを見たシンガは、うん、と頷いた。
「そうだね。これくらいなら君の特権範囲内だ。よって処罰はなし、どうしてもユノ達の気が済まなそうなら謝罪の一つくらいはくれてやるかい?」
「ごめんなさいねえ? もう二度とその娘と親交を深めようなどと思いませんわ」
謝罪とは、と思わずセルマが悩むほど朗らかに笑いながらジェマは言った。
ユノはどう感じているのだろう、と横目をやれば、悔しいとも悲しいとも思っていなそうな無表情のままだ。
(陛下がジェマを大切にされているというのはこういうことなのね……)
こうやって、この人間がこれまで夫の庇護の下に好き放題にやってきたのかと思えば、腹の底から怒りが湧き上がる。けれど今はその感情を無理矢理に抑え込んだ。セルマにとってこの相手はもう存在しないものと思い込むことにしたのだ。
「……承知した。その件については義母上の謝罪を受け入れよう。……では、次の件。私の縁談に絡めて私自身に向けた暗殺計画が進行していた。その事実を明らかにしておきたい」
(まあ……! そのお話もここでするのね)
なんとなくここは家庭内の話の場だと認識していたので、セルマは少し意外な思いだった。
その間に何やらの書類が皆の手元に回る。
「この件の情報提供者はレーヌ侯爵家三女ポルシャ嬢だ」
それからユノは、ポルシャと騎士の経緯から、それをユノに打ち明けるまでを説明する。セルマにしたものと同じ内容だ。
「彼女から提出された毒物は私が解析しました。念の為、レオ兄上にも渡してあります」
「へえ。そこから何かわかりそうなのかい?」
「はい。この計画を立てた者が恐ろしく愚かであるという事実が判明しました」
「?」
セルマは首を傾げてしまう。
ユノは手元の書面の何枚目かを指し示した。
「毒物は皇家の毒でした。特定も出来ております」
ユノは意味の分からないセルマを振り返る。
「我々は一般的な毒物には体が慣らされている。そんな我々の身に何かが起きた時、速やかに命を絶てるよう特殊な毒薬をそれぞれが持ち歩いているんだ」
「まあ……」
セルマも確かに王族だったがそんな恐ろしい習慣はなかった。大国はやはり違うのねとびっくりする。
「つまり皇家の誰かの計画だったのだね」
「そんなことは! わからないではないですか」
シンガの確認に声を上げたのはジェマだ。
「代々続いたウィード帝国の毒を手にした者がどれだけいると思います? 亡くなった方の物かもしれない、盗まれた物かもしれない」
「貴女は、愚かだ」
ダイデンが呟き額に手を当てる。ユノは話を続けた。
「義母上。貴女は聞き流していたのかもしれないが。この毒は、それぞれの体の大きさ、年齢、性別や体質を考慮し、服用した者が眠るように穏やかに死ねるように繊細に調整されているのだ。……私が得た分析結果を、城の薬師に照会して貰った。……貴女の為の毒薬だったぞ、義母上」
ユノが言うとその場にいた全ての者の目がジェマに向けられた。
セルマは言葉を失ってしまう。
(ジェマ……?)
さっきまで、セルマにとってユノの命を狙う者というのは漠然とした見知らぬ人々と言うイメージだった。
けれどその中に皇子達の血筋に寄る対立があるのなら、当然、その敵方の筆頭は現皇后だろう。そのことに思い至らなかった自分にも驚いてしまう。
(そう……貴女が、ユノ様を……)
震え出した手を抑え、見苦しい反応をしないようにする。
「セルマを攫ったのは暗殺がうまくいかなかった場合の予備だろう。いや、レーヌ侯爵令嬢の動きを見張らせていて、失敗したとわかったから切り替えたのか? どちらにせよ手段が愚か過ぎる」
ユノが見下げ果てた目を送る。これを受けたジェマはばさりと扇を広げ、自分の口元にかざした。
「随分と好き勝手におっしゃること。そんな些細な証拠ごときで私を糾弾するのですか。私が毒薬を盗まれた、盗難にも気付いていなかったと言ってもどうせ誰も信じないのでしょう? よろしいですわ、無駄な言い訳はしません。ですが、仮に私がやったことだとして。皇家の務めを捨てただの平民もどきに落ちて行った元皇子の一人や二人、皇后であるこの私が始末して一体何が悪いのです⁉」
ジェマは堂々と開き直った。
驚きのあまり他の者達は言葉を返せず、ただ目を丸くしてジェマを見ている。
しばらくのおかしな沈黙の後、口を開いたのはシンガだった。
「……ジェマ。私はこれまで数々の君の我儘を叶えて来た。だが、それは駄目だよ」
「! 貴方が悪いのではありませんか!」
おそらくは、今度もまた許されると思っていたのだろう。予想とは違う言葉にカッとなったジェマが扇をシンガに向ける。
「あんなに私がお願いしたのに! 何度も、何年も訴え続けたのに私の子を皇太子にしてくれないから! 自分でなんとかするしかなかったのです!」
「愛しいジェマ。それは違うよ。……この国に君の子供など存在しない。いるのは誇り高きウィードの血を受け継いだ僕の子供達だけだ」
「っ……」
ジェマが息を呑んだ。シンガは少しだけ首を傾ける。
「ああ。でも、君が産んでくれた七人の内三人は僕の子じゃないと確定してるからそれは君の子でいいのかな。まあ、それでも四人も産んでくれた君に免じていちいち公表したりしないがね」
「陛、下、」
それだけ言ってジェマは凍り付いた。
セルマ達も同じように固まった。
聞いてはいけないことを聞いてしまったという思いと、あまりになんでもないように語るシンガへの混乱と恐怖で次の言動に出られない。
シンガ一人が、最愛の妻や息子達の変化に構わず、うっとりとした目をユノへ向ける。
「このユノはね。先の皇后が命を懸けて僕に残してくれた大事な子供である上に、ウィード皇家の血がこの世で最も優れていると証明する素晴らしい存在なんだ。そんな子を暗殺しようとするなんて……。そもそも。ユノを排除するのは彼が残したレオの護衛魔術を解除する為だろう? と、言うことは、君はユノの後でレオの命も狙っていた訳だ。駄目だよ。尊きウィードの血をなんだと思っているんだ君は」
淡々と話すシンガに、ジェマははくはくと口を開け閉めする。言葉は出ない。
皇子達も目を見開いたままシンガとジェマを交互に見ていた。
「……残念だけど。君を残しておいたらまた今後も同じことをやらかすだろうね。しかるべき処置をするしかないようだ」
その言葉に、弾かれたようにジェマは立ち上がる。
「陛下! 陛下は私を愛しておりますよね? これまで、私がすることならなんでも許してくれたじゃありませんか!」
母上、と声をかけたのはダイデンだった。
「貴女はこれだけ父上の傍にいたというのに。父上という人間が、何を許して許さない方なのか、今となってもまだ理解しないのですか!」
何を言われているのかわからない、そんな顔でジェマはひたすら首を振る。
(この人は……何も変わっていなかったのね……)
その彼女を見て、セルマは思っていた。
あの時もだ。あの結婚が国にとってどんなに重要なものなのか、皆、言い聞かされていたというのに。ジェマという人は、自らに都合の悪いことは耳を素通りしてしまうのだろう。
夫であるシンガが大切にするものを正しく知ろうとしていれば、もっとうまく立ち回ることも出来たかもしれないのに。自分の優位を信じきり、相手が自分に合わせて当たり前だと思っていたのだ。
その彼女へシンガが止めを刺す。
「私が君を求めたのは。君と初めて会った時に一緒にいた魔術師が、君が多産の相だと教えてくれたからだよ」
「たさん……?」
ジェマがきょとんとする。
「生憎、正妃となった人にその相はなかった。だから僕は君を側室にした。偉大なるウィードの血をこの世に多く残す為だ。これ以上側室を増やさなかったのは、このような揉め事を警戒したからなんだよ。せっかく増やしても殺し合いでもされたら堪らないからね。なのに君と言う人は六人しかいない僕の子を減らしてしまおうとするなんて……」
「陛下……」
「僕の子を四人も産んでくれた君を心から愛しいと思っていた。けれどもう、駄目だ。僕の子を二人も亡き者にしようとした君を僕は許せないんだ」
そうしてシンガはユノを振り返った。
「この件は公にはしないよ。だがこれの始末は被害者である君に任せる。病死にするなり事故死にするなり好きにするといい。……それと、レオ。今後は君の信用の出来る者を領地へ送ってユノの周りに現れる人間を精査するように。彼を絶対に危険に晒してはいけないよ」
「承知致しました」
レオが頭を下げるのを見届けてシンガは立ち上がろうとした。
そこで。
静かなジェマの声が響き渡った。




