13 企み
そんなセルマの様子を見ながら自分もお茶を飲み終えたユノが、茶器をテーブルへ戻した。
「さて。どこまで話したか。……そうだ、ディアナ達の受け入れ先については、どの家も選ばれなかった場合の想定もしてあったようでな。それほど悪いようにはならない筈だ」
「それは安心しました」
「それから、レーヌ侯爵令嬢の件なのだが」
「? ポルシャ様が何か?」
「ああ。実はな。……彼女こそ本物の私の暗殺指示を受けていたのだ」
「⁉」
セルマはがたりと飛び上がりかける。その背にユノの手が添えられる。
「安心してくれ。実行はしていない。レーヌ侯爵令嬢は、夕べ、私に全ての事情を打ち明けてきた。……私は知らなかったが……レーヌ侯爵令嬢とその婚約者の悲恋物語、というのがあってな」
「王都でお芝居にもなった、という……?」
セルマが言えばユノは知っていたのか、と少し驚く。
「私はダイデン兄上から教えてもらったばかりだ。……兄上は芝居好きでな。身振り手振り歌を交えて無駄に詳しく再現された。……物語は、ポルシャ嬢をモデルとした侯爵令嬢が別荘に行った時から始まるそうだ。その地で令嬢の乗った馬車が盗賊に襲われる。護衛騎士達の奮闘も空しく劣勢に陥った時、偶々通りかかった一人の騎士が侯爵家に助太刀し、どうにか盗賊を蹴散らす。だが、その騎士も重傷を負ってしまうのだ。その者を別荘で療養させる内に、令嬢と騎士の間には恋が芽生えるのだそうだ」
「それは……本当にあった出来事なのでしょうか」
なんとロマンチックな、とセルマは思ってしまう。
「細かな部分は脚色もあるだろうが、大筋は事実だそうだ。……騎士は裕福ではない子爵家の者だった。当然、侯爵は二人の仲を認めたくない。だがどうしてだか二人の仲はあっという間に国中に広がり、しまいには貴族達までもが彼女らを応援するかのようなことを言ってくる。自分に向けられる非難の目に屈した侯爵は、そこで一つ条件を出したのだそうだ。今度の戦で騎士が手柄を立てたら二人の結婚を認めようと」
「まあ。その時点ではまだ婚約者ではなかったのですね」
「ああ。……そして騎士は戦で帰らぬ人となり、その知らせを聞いた令嬢は『死して貴方と結ばれましょう』と短剣で己の命を絶つ、というのが芝居の結末だ」
「……殺してしまうのですか」
元となった令嬢の立場は考えないのだろうかと少し憤慨してしまう。ユノは続けた。
「しかし真実のレーヌ侯爵令嬢は。騎士が死んでしまった為、自らの今後を考えて前から打診のあったこの縁談を受けることにしたそうだ。……そして令嬢がこの地へ着いてから、マイカ領で使用するべく分けられていた荷物の中から一つの封筒を発見した。中に入っていたのは令嬢が自ら騎士に贈った指輪と小さな瓶。さらに、騎士の身柄は預かっている、解放して欲しくばその瓶の中身を私に飲ませろという趣旨の手紙が同封されていたそうだ。……おそらく、誰かに相談する機会も考える間も与えまいとしてそのようなやり方をしたのだろう」
「そんな……!」
セルマは声を上げてしまう。
では、ポルシャの騎士が死んだと思われていたのは誤りで、実際は何者かに拉致されていたのか。
この時代の戦場の事情はセルマも人々の会話を聞いて知っていた。通常、戦死者のご遺体は連れて帰らないのだそうだ。戦闘が落ち着いた後、係の者達が死者から身元の分かる物を回収し、その場で埋葬してしまう。
行方不明ではなくきちんと戦死の報が届いたということは、確かな死亡の証拠もあった筈だ。
(でも……でも、私なら。そんな手紙が来れば、戦死の報が間違いだったのだと思ってしまう。そしてもし私が罪に手を染めることで愛しい方が無事に戻るかもしれないなら……正しき道を選ぶ自信はないわ……)
どちらにしても、ポルシャにそのような選択を突き付けた何者かを許し難い、と思う。
表情を険しくしたセルマの前でユノは静かに首を振った。
「……だがな。その手紙を見て、彼女は全てを悟ったのだそうだ。……何もかも最初から仕組まれていたことだった。あんな、物語の様な出来事など本当は存在しなかったのだと」
セルマは目を見開いた。
「? どういうことでしょう……」
「夕べダイデン兄上も呼び出して双方の話を照らし合わせた。結果、様々なことが見えて来てな。レーヌ侯爵令嬢と騎士が出会ったのは、丁度、私の縁談計画が持ち上がって候補者のリストが出揃った頃だったそうだ」
「それは……」
「今日は侯爵家にも行った。騎士の素性については侯爵が調べていた。容姿のいいその男は裕福な女性達を相手にすることで有名だったらしい。けれどレーヌ侯爵令嬢と出会ってからは真実の愛を見つけたと触れ回っていたようだ、誰に聞かれもしないのに。侯爵の反対理由にはそれもあったが当時の令嬢は聞く耳を持たなかったと」
セルマはユノの話を頭の中で組み立てた。
「つまり……ユノ様に近づけそうな令嬢に目を付けて、女性慣れした人物に誘惑をさせ、ポルシャ様を悲恋物語の主人公に仕立て上げたと……?」
「そのようだ。本人の言い方では、時間をかけて彼女を操る為の弱味を仕込まれていたのだろう、と」
なんてひどい。
セルマはやり場ない怒りに拳を握り締めた。
「許せません。人の心をなんだと思っているのでしょう……!」
「我々は常に誰かに利用されることを警戒しなければならない立場だ。そういう意味ではレーヌ侯爵令嬢がうかつだったとも言えるが……」
「……ユノ様。もしも私が悪い人間でしたら……?」
思わずセルマが問いかければ、ユノは目を見開いて固まった。すぐに自分の口元に手を当てる。
「……そうか。そのような話は、自分ごととは思わないものなのだな」
「私は何者かの手先ではないのでご安心下さいませ」
セルマの微笑みにユノはふう、と息をつく。
「人が最も愚かな行為に踏み出してしまうのは恋情ゆえだ、とダイデン兄上も言っていた。貴女が悪人なら私はまんまと思い通りにされていただろうな。……だが幸い、いくらひととき恋に狂わされようと、レーヌ侯爵令嬢は正しき教育を受けた者だったようだ。冷静に状況を見極めて、私に報告をしてくれたのだ」
教育と、そんな言葉で済むものなのだろうか。そこまでのポルシャの心の動きを想像してセルマは一瞬泣きそうになるがぐっと堪える。
「それにしても、もしそれが事実なら騎士の方はどうするつもりだったのでしょう……?」
「おそらくは戦場で姿をくらまして契約を終える予定だったのだろう。……が、今日、侯爵に確認した。……はっきりとした言葉は言わなかったが。問題の騎士は、侯爵の手の者が戦のどさくさに紛れて始末したとみるのが正解らしい」
「っ……」
セルマは息を呑む。
「ではそれは……ポルシャ様は……」
「これは私でなくダイデン兄上の見立てなのだが。……騎士が侯爵の手で殺されていると知っているからこそ、令嬢は私に全てを打ち明けたのではないかとな」
ダイデンが言うには。恋する乙女は残酷な現実より甘やかな万に一つに縋りつきたいものなのだと。騎士がポルシャを罠に嵌めたのは本当で、ポルシャに近づいたのは企みの内だったのかもしれない。それでも。その中で二人の間に芽生えた思いだけは、真実の愛として実ったものだと信じたい筈。
そんな愛しい者が自分への愛と共に生きて戻って来る可能性が少しでもあるのなら、九割の不審にも蓋をしてしまえるだろう。なのにポルシャはそうしなかった。それは侯爵からそれとなく、騎士の殺害を臭わされていたからなのではないだろうか。
そして貴族令嬢として、彼女は冷静に自分の身の振り方を選択した。
「そもそも二人の恋物語の広がり方は当人から見ても異様だったそうだ。誰かが意図的にそうしたと思えば腑に落ちると令嬢は言っていた」
「……惨いお話ですわ」
セルマの中で亡くなった騎士への同情は萎んでいった。もしその推測が本当なら自業自得だ。ポルシャが暗殺を実行する人だったなら、成功してもしなくても彼女自身の身は処罰なしではいられなかっただろう。
そしてそれとは反対に、レーヌ侯爵に抱いた悪感情が縮んでいく。結果として、侯爵の行為がポルシャの人生を守ったのかもしれない。
「幸い、この件で彼女は罪には問われないだろう。事実を知ってすぐに私へ報告したのだからな。その点だけでも、まあ、救われると言えば救われるが……」
セルマは儚げなポルシャの姿を思う。
騎士の死を受けてユノとの縁談に乗り、企みに気付いてすぐさまユノに打ち明けた彼女の芯の強さを思えば、セルマなどが心配してしまうのは余計なお世話なのかもしれない。
(でもせめて、差し入れはたくさんしておきましょう)
菓子を貰って帰るのを忘れないよう、頭の隅にメモをした。
その時、外からノックの音が響き、レオ皇子の迎えだと言う騎士が訪れる。
「セルマ。一緒に父上達の所へ行くぞ」
「は、はい」
(今から皇帝陛下にお会いするのね……)
セルマは少し体を強張らせた。
そのままユノに手を差し出されて立ち上がると、二人は並んで部屋を出た。




