12 ユノと話す
「たった半日会ってないだけというのに貴女はまた一段と美しくなっている。まるで魔術のようだ」
「これは皇后陛下に整えて頂いたのです。魔術ではありませんわ」
「そうなのか……たった今、生まれて初めてあの方のすることに意義を感じたよ」
レオの自室に入り、セルマ達は最初にそんなやりとりをする。人払いがされて二人きりだったので他人の目があるいたたまれなさはない。
案内された応接間は、レオ自身の色合いを思わせる白と青で統一されていた。とても品がよく落ち着く空間だが、石素材が多く使われてわずかに冷たい印象もある。セルマは先程のレオの振る舞いを思い出して少し緊張してしまう。
「まずはラン達にセルマの無事を伝えよう」
聞けば、セルマが攫われたと知らせてくれたのも、セルマが屋敷の鍵を身に付けたままだから探索魔術で居場所を特定しろと指示してくれたのもランなのだそうだ。
「ソフィアさんはどうなったのでしょう。私と一緒に襲われてしまったのです」
心配で前のめりになったセルマにユノが頷く。
「屋敷前で倒れていたのをダイデン兄上の騎士に発見されたらしい。魔術で意識を奪われただけらしく、怪我はないようだ。今頃怒り心頭だろうから早々にセルマと合流出来たことを伝えておこう」
そう言って部屋に備え付けられた板状の魔道具を借りたユノは、そこにさらさらと文字を書きつけ何かを詠唱した。小さな光が生まれてすぐに消える。
(ソフィアさんが無事でよかった……)
セルマはホッとしながらユノの横顔を見る。そして、胸につかえていたことを口にした。
「……ソフィアさんから、ユノ様のお気持ちとご事情を教えて貰いましたわ」
「っ……」
すると突然、ユノが大きく頭を下げた。
「今朝はすまなかった。貴女が倒れるほど追い込んでしまうなどあってはならないことだ。もう少し配慮をするべきだった」
自分こそ謝ろうと決めていたセルマは慌てて首を振る。
「ユノ様のせいではありません。私が過去に捕らわれて勝手に興奮してしまったのですわ。それよりも……ユノ様のお気持ちも考えず、私だけの意見を押し付けたこと、本当に申し訳ございません」
「いや、それはこちらも同じだ。私も頑なだったと思う。……ソフィアには令嬢達の為と言ったが、考えれば、彼女らが辛くなれば私が離縁を認めてやればいいだけなのだ」
「ですがそれとは別に、ユノ様ご自身も側室はお嫌だったのでしょう?」
聞かれたユノはわずかに視線を逸らした。何度か迷った後で口にする。
「……貴女には、せめて私の出生について知っていて貰うべきだったと思う」
「……ユノ様がそれを私に話して下さらなかったのは、何か理由があるのですか……?」
セルマは少し躊躇う。
ユノに兄弟の話をしたことを思い出していた。もしかしてセルマの様に家族仲がよい人間には、ユノの気持ちなど理解できまいと諦められてしまったのではないだろうか。
ユノはそっと俯いた。
「私は貴女に、呆れられてしまうのが怖かったのだ。側室を嫌がる理由が亡くなった母に起因しているなどと……まるで幼子の様な我儘だと思われても仕方がない。わ、私が人として未熟であることは私自身が誰より知っているからな……」
僅かに表情を崩したユノにセルマは胸が締め付けられる。衝動的にユノに自分の手を重ねた。
「そのようなお話で、私がユノ様に呆れる訳がありません。……ユノ様。人には、それが正しく見えなくても、絶対に受け入れられないものがあると思うのです。そのようなものを前にして、例えそのことで世界を敵に回す事態になろうとも、私は常にユノ様の味方でありたいと願っています。……ですからどうか、これがそうだと言う時には、私にだけはちゃんとお伝え下さい。次の機会には絶対にです」
「セルマ……」
驚いた顔でセルマを見返したユノが、セルマの手を握り返した。
「……ありがとう。ならば貴女もその時には私に教えてくれ。私は必ずセルマの敵の敵になる」
「はい。教えます。ユノ様、感謝致します」
二人はしばらくそのまま見つめ合った。
やがて、ユノの眉がくっと寄る。
「……義母上は、セルマの敵なのか」
「!」
びくりと震えたセルマの手を握るユノの手に力が籠る。
「父上から聞かされた。……まさか義母上が貴女に呪いをかけた当人だったなどとは……」
「私も、とても驚きました」
「……あの方が憎いのだろう」
しばらく黙った後、セルマは、ええ、と素直に答えた。
「ですが問題ありませんわ。領地に戻ればもう一生関わらずに済むお相手なのでしょう? 忘れます。私の中のあの者は、三百年前のあの日に死んでしまったのだと思うことにしましょう」
忘れよう。忘れられる。ユノと引き換えにすることを思えば湧き上がる衝動など殺してしまえた。
無理矢理に笑顔を作ってユノに見せる。
ユノはじっとそんなセルマの顔を覗きこんだまま何も言わない。
このままでは要らぬ追及をされてしまう、と感じたセルマは話題を換えた。
「それで、ユノ様は今日はこちらでどのようなことを? その……縁談の関係者達を黙らせに回っていたとかそのような……?」
恐る恐る聞けば、ユノは少しだけむっとした表情になった。
「……それは、ダイデン兄上にも叱られて考えを改めた。強引に片を付ければ私ばかりでない、貴女にも敵を作るぞと言われてな。なので今日は兄上に言われるがまま、関係者達の下を周ってあれこれ誓約魔術を交わして不満を抑えて来た。途中連絡がつかなかったのは契約中だったからなのだ。……安心してくれ。これで縁談は平和的に立ち消えとなったぞ」
「まあ……!」
信じられない。そんな思いでセルマは両手を合わせる。
てっきり暴力的に脅しをかけるのだろうと思っていた。それがまさかの穏便な決着に驚きしかない。
(よかった……本当によかった!)
ユノの為ならどんな困難も受け入れようと思ったが、やはり遺恨を残さないならそれ以上の解決方法はないのだ。
「それから、サンド男爵令嬢の件だが。ラン達の推察通り、暗殺命令など存在していなかったらしい」
「そうなのですね……」
彼女達が到着した日に。ユノの役に立つという言葉で、セルマがダイデンに心を揺らされていたのをミアは覚えていたのだろう。その路線ならセルマを排除できると考えて、彼女なりにひねり出した作戦だったのかもしれない。
「先程魔術騎士団に行ってな。現団長にその件を問い質したら、『私が貴方に刃を向けると思うのか』とキレられた。そしてそう言った舌の根も乾かぬ内に魔術で攻撃されたので、少し相手をしてきた」
「相手」
「ああ。あれは魔術で私とやりあうことを至上の喜びとしている変態だ。家族がいなければ領地にもついて来たのだろうが、そうならなくて本当に良かった」
(……魔術師の方々は色々なのだわ)
セルマの中でユノ以外の魔術師への警戒がまた深まる。そして、
(とにかく、恩知らずの心得違いが存在しないとわかってよかった)
セルマにとって蹴散らすべき相手がいないことにも安心する。
そこで一度落ち着いたユノが、用意されていたお茶を口にした。セルマも同じようにしてから、自分がとても渇ききっていたことに気付く。そのまま冷めかけた一杯を飲み干した。
「これはアーズという花の茶だ。城壁に赤い花が咲いていただろう?」
「まあ、気付きませんでした。どのようなお花なのでしょうか」
「鑑賞にも食用にも薬用にも適した我が国の国花なのだ。帰りにこれだと教えよう。見目がセルマの好みならどこかで苗を買ってもいいな。リックなら茶の加工も知っているだろう」
「花の見た目は存じませんが、味はとてもさっぱりして好みです」
「では購入は確定だな」
ユノが笑う。セルマもにこにこしながら二杯目を自分で注いだ。
(そうだ……お買い物と言えば。こちらでポルシャ様のお菓子を買っていけないかしら)
厨房でのやりとりを思い出す。けれど同時に、自分が対価を持ち合わせていないことにも気付く。ハッとして、目の前にずらりと並べられた手つかずの茶菓子に目を向けた。
「ユ、ユノ様。こちらのお菓子を持ち帰らせて頂くことは出来ますか?」
「? ああ、セルマがそうしたければ。後で誰かに頼んでおこう」
(よかった。ポルシャ様に少しでも食べて頂けるといいのだけど)
少し恥ずかしかったけれど、すんなり受け入れて貰えてホッとする。工程も材料もわからないこの時代の美しいお菓子は今は鑑賞に留めておくことにした。




