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生きる亡霊にされた王女が何かを取り戻す話  作者: 佐屋 理由


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10/16

10 再会

 目覚めると状況がわからなかった。

 花と果実の混ざった様な甘い香りに包まれている。後頭部と背中に感じる柔らかな何か。見上げる天井はクリーム色で、色とりどりの花々の絵で埋め尽くされていた。


(お屋敷の中……ではない?)


 見覚えがないと言うよりも、装飾の趣味がユノの屋敷とは違い過ぎる。

 セルマはゆっくりと起き上がり、辺りを見回した。そこは様々な色が溢れ、くどいほどに豪奢な部屋の中の寝台の上であった。


「気が付かれましたのね」


 声を掛けられびくりとする。

 見れば、部屋の隅には見知らぬ女性達が並んでいた。仕立ての良い揃いのドレスを着た彼女達は、伏し目がちに前へ出る。


「皇后陛下が貴女様をお呼びです。ですがその前にお支度を整えさせて頂きますね」

「皇后陛下……? あの、ここはどこなのですか? 私はどうしてこんな所に?」


 セルマの問いかけは全て無視された。

 女性達は乱暴ではないけれど明らかに強引にセルマを浴室に連れて行く。そして髪からつま先までを素早く丁寧に磨いていった。

 素材がぴかぴかになった所で、見たことのない形の白藍色のドレスを着せられ、髪を整えられて顔には化粧まで施される。


(訳がわからないわ!)


 ひとまずひどいことをされているとは感じないので抵抗はしないでおいた。

 セルマが人に世話をされ慣れている側の人間であると察した女性達の扱い方も徐々に丁寧になっていく。


 そうやって。実に三百年ぶりに王女らしい見た目を取り戻したセルマは、その姿で皇后の自室だという部屋まで案内された。

 廊下に出た時点で、どうやらここはどこかの城の中であると判断する。建物の規模が巨大である。


(皇后様……もちろん、ウィード帝国のよね?)


 扉を開けると、案内してくれた女性達は一緒に入らずセルマだけを室内に促した。

 恐る恐る足を踏み入れれば、こちらもまた恐ろしく華やかな部屋であった。

 壁一面には女神を描いた素晴らしい絵画、室内の隅々には金や宝石が惜しみなく装飾としてあしらわれている。


 その中央には、この部屋のインパクトにも負けないくらいに着飾った一人の女性がくつろいだ様子で座っていた。

 女性はセルマを見ると優雅に微笑んだ。


「ようこそウィード帝国へ。私の魔術師に命じて少し強引に招待してしまったけど許してね? だって私、貴女と二人だけでお話がしたかったんですもの」

「私と……? 何故皇后陛下が私などを……?」


 セルマの疑問に皇后は一度動きを止める。

 次に表情を動かした時は、先程までの公務のような笑顔とは違い、生身の人間らしい表情を見せる。


「……ウィードのドレスが似合っているわね? 相変わらず貴女はかわいらしいままね、今でもお元気そうで何よりだわ」


 親し気に声を掛けてくる相手をセルマは眺めた。


 ……そして。

 その事実に、気が付いた途端に全身に震えが走る。


(どうして……!)


「あら、もしかしてもう忘れてしまったのかしら? だったら教えてあげましょう。……『生ける亡霊』のセルマ。お久しぶりね。貴女の従妹のジェマ・ファンセンチよ」


 その名を聞いた瞬間、体中から力が抜けて、セルマはぺたりとその場に座り込んでしまった。


 信じられなかった。

 でも、目の前の女性は確かに、あの頃よりいくらか風格を増しているものの、国一番の美女と称えられた従姉の姿そのものだった。


(嘘よ……)


 両手を口に当てる。


「驚いたのね。私も同じよ。ユノ様が拾った娘についての報告を受けた時、これは悪い夢なんじゃないかと思ったわ。……まさか貴女がまだあの土地にいただなんて」


 言いながら立ち上がったジェマはセルマを抱え起こすと、自分の隣の席に座らせた。体と体が触れ合って、これが幻ではないと認識したセルマはようやく声を発することが出来た。


「あ……貴女は死んだと聞いているわ……」

「……そうね」


 ジェマは手ずから二人分のお茶を用意する。一つをセルマの前に差し出した。


「あの日。処刑の直前に錯乱した、と思われた私は……さすがにそのまま執行しては見物人の暴動を誘発しかねないと判断されたのでしょうね。私だけ、気持ちを落ち着かせる為に一度牢に戻されたの。……そこで貴女に使った呪いを自分にかけたわ。だってあの場で死ぬよりはマシでしょう?」

「!! じゃあ、まさか、貴女も……っ」

「私は貴女と違って呪いを解いてくれる相手を探しに自分からさっさと国を出たの。おかげで私が元に戻ったのは貴女より少しだけ早かったわ。そうして今、こうしているのよ」


 煌びやかなドレスや宝飾品を見せつけるように両手を開いてみせる。

 一つの事実に気付いたセルマは目を見張った。


「ジェマ……貴女が……ウィード帝国の皇后様なの……?」

「ええそうよ。ああ、やっと理解が追い付いてくれたのね」


 にこりと笑い、自分が入れたお茶を口にする。

 セルマはまだ信じられない。


「……側室の方は伯爵家の出身だと聞いているわ。一体、どうやって……」

「簡単よ。適当な貴族を選んで、市井に紛れていた落とし胤が見つかったことにして籍を作らせたの」


 ふふ、と懐かしそうに笑う。


「私の呪いを解いてくれたのはね、皇宮魔術師なの。ほら、貴女のユノ様の師匠に当たる人よ。その人がたまたま私を見つけて、体を取り戻して、その時一緒にいたシンガが……ああ、今の陛下ね。彼が私に一目惚れして、色々と手を回してくれたのよ」


 セルマからまた力が抜ける。


(本当、なんだわ……)


 目の前に並ぶ事実より、信じたくないと言う気持ちの方が大きかった。

 ジェマはセルマの家族達を、国を、セルマ自身を絶望の淵に突き落とした当人である。その彼女が今、こうして、世界の大国の皇后として悠々と満ち足りて暮らしていたなどと。セルマの心は認めたくなかった。


 セルマの気持ちに構わずジェマは続ける。

 

「ねえセルマ、わかるでしょう? 随分と時間がかかってしまったけど、これこそが正しい在り方だったのよ。私という人間は最初からこうなるべきだったの。この私を有難がらないあの野蛮な国の王子がどうかしてたんだわ」

「ジェマ……」

「セルマ」


 ジェマの手がセルマをつかんだ。セルマの全身に鳥肌が立つ。


「あの時。貴女にひどいことをして本当に悪かったわ。でも私も同じ目に遭ったんだからそれでおあいこよね? お互い昔のことは水に流して、これからは唯一の親戚同士、この城で仲良く暮らしていきましょうよ。貴女が望むものならなんでも与えてあげるわ。この私、ウィード帝国の皇后が貴女を寵愛してあげる。もう何も恐れるものも苦しいこともないのよ。二人で、この時代で幸せになりましょうね」


(何を言っているのかしらこの人は……)


 何の温度も感じられないジェマの言葉がセルマの頭を素通りしていく。


(この人は……本当になんとも感じていないんだわ。自分のせいで皆が殺されたことも。国が滅びたことも。私の三百年の苦しみすら笑って忘れてしまえるものだと思っている……)


 殺された王族にはジェマ自身の家族達もいた。親しくしていた者達もあっただろう。

 もしかしたら。あの悲劇の直後には本人も罪の意識や悲しみを持っていたのかもしれない。けれど今となっては全てが過去の話となり、現在の自分とはまるで結び付かなくなっているのかも、と考えてみる。


(……でも。私は違う。何千年経とうがあの時の気持ちを忘れたりしない……)


 セルマは一度目を閉じて、暴発しそうになる心を抑え込んだ。

 それから出来るだけ無礼にならないような態度でジェマから身を離す。


「……貴女の申し出は、わかりました。後でゆっくり考えてみるわ。でも、まずは一度私をユノ様の所へ帰してちょうだい」


 セルマの返答にジェマがしゃらりと笑った。


「それは駄目よ。貴女はここにいなくちゃ意味がないの。この皇宮はね? 魔術に対して制限があるの。だからいくらユノ様でも手出し出来ない。……そうね、月に一度くらいなら会わせてあげてもいいかしら? もちろんその度に何かしらの面会料は頂きますけどね。世界を手に入れられるほどの力を持つ魔術師にこれからなんでもお願いが出来るなんて! 素晴らしいと思わない?」


 そこでセルマはようやくこの状況の目的に気付く。


「私を……ユノ様への人質にするつもりでここに連れて来たの?」

「まあ、そういうことになるわね。でも貴女と仲良くしたいというのも本当よ。二人で子供時代の思い出話でもしましょうよ。貴女の兄弟達とよく一緒に遊んだわよね? 皆が私の気を引きたがって最後はいつも喧嘩になって……!」


 立ち上がったセルマは無言でジェマの頭に目の前のお茶をぶちまけた。

 ジェマはぶるりと顔を振って雫を払う。


「……あら。自分のお気に入りを取られても文句も言えずに泣きべそをかくだけだった王女様が随分と変わったわね」

「貴女のおかげよ」


 精一杯の虚勢で言い返すセルマに、ジェマが手にした扇を突き付けた。


「けど、わきまえなさい。あの土地を離れた貴女なんて何の力もないただの小娘よ」

「っ……」


 ドレスを握り締めたセルマは唇を噛む。


 確かにジェマの言う通りだった。今のセルマは権力を持たない。神聖術が使えず、剣や体術の覚えがある訳でもない。

 こんなにも憎い相手を前にして、何も出来ないどころかただ一人の愛する者の枷になるしかないのだ。


(悔しい)


 涙が流れそうになる。しかしこの相手の前でそれを見せるのは絶対に嫌だった。


「聞きなさいセルマ。貴女がここに来た時点で私はユノ様に勝ったのよ。もちろん貴女自身にもね。諦めて、これからは私の機嫌をよくすることだけ考えなさいな」


 耳に入るのは高らかに勝利宣言するジェマの声。


(……ここでくじけたらあの時と同じだ)


 セルマはそのまま数回深呼吸して気持ちを整えた。 

 この空っぽの自分に何が出来るのか。必死に考えを巡らせる。


「……そうね。残念ながら、貴女の言う通りよ。……こちらの態度を改めるわ」


 ぎゅっと目を閉じて何かを振り払う。

 テーブルの上のナプキンを取ったセルマは、ジェマに滴るお茶を拭った。それを相手はうるさそうに手で払おうとする。


「そういうのはいいのよ、侍女達を呼ぶから。……ああ、でも、そうね? 貴女に私の侍女になって貰うという手もあるわね? ただここで暮らすだけじゃ暇でしょう? 私の専属なら地位もそれなりに高いし悪くないんじゃないかし……!」


 ジェマは、口を押えた。

 その時セルマが口の中に放り込んできた何かをうっかり飲み込んでしまったからだ。


「何を……!」


 ナプキンをテーブルに戻したセルマは、自分の指輪を指し示した。


「もしもの時の為にここに入れて持ち歩いているの。ファンセンチの土のついた植物の種よ。……私が一言命じれば、貴女のお腹の中から木が生えて来る。どんなに距離があっても平気よ」


 真っ青になったジェマは自らの腹と口を押える。


「‼ セルマ!」

「大木の苗床と成り果てなくなかったら、私をこのまま元の場所に帰して。魔術師を呼ぶ……のは危険かしら。貴女、今ここでユノ様と連絡を取る手段は持ってる?」

「ないわよそんなもの!」


 ジェマは皇后だ。直接でなくとも、誰かに命じればユノに繋がる方法はある筈だ。ただそれにはどれだけ時間がかかるかわからない。正直、セルマは一刻も早くこの場を離れたかった。


(どうしましょう)


 考えて考えて、結果、セルマは魔術騎士団に行ってみることにした。

 そこの人間達ならばマイカ領の魔術師の誰かと繋がっているかもしれないと思ったのだ。ピートの知り合いなら一番だ。


「誰かにそこまで案内させて。私が無事にユノ様と合流出来たらお腹のそれも消してあげるわ」


 ジェマは即座に断ろうとして言葉を止め、次に激しくテーブルを叩いた。


「……セルマ! 私、昔っから貴女のそういうぼーっとしてるようでしてない所が大っ嫌いだった!」


(私は貴女の全てが嫌いよ)


 そう思うが今度は言い返さずにおく。


 ジェマは怒りに震えながら侍女を呼び出すと、セルマを目的地へ案内するよう命令した。

 主の強烈な憎悪の目に初めは戸惑う侍女だったが、なんとか平静を取り戻すとセルマを連れて部屋を出る。


(……気付かれる前にここを離れなきゃ)


 侍女の後をついて行きながら、セルマは懸命に余裕の顔を取り繕った。

 先程の話は全くのでたらめであった。

 彼女に飲ませたのはこっそり引き千切ったこのドレスの装飾の真珠だった。幼い頃からセルマの力を見せつけられてきたジェマだからこそ、疑いもしなかったのだろう。指輪はユノに貰った屋敷の鍵だ。


 やがて辺りの様子が変わって来た。皇族の居住区を抜けたらしい。建物の装飾は落ち着いた雰囲気になり、行き交う人も増えて来る。


「その窓から見える黒い塔が魔術騎士団でございます。……建物までご案内しますか?」


 遠慮して欲しい、の空気を隠さない。なのでセルマは急いで答えた。


「ここの出口までで充分ですわ。ありがとう。お忙しいのにお手間を取らせまして」


 エントランスホールまで来ると、侍女は丁寧に頭を下げて足を止める。

 そうして自由を取り戻したセルマは、王宮前の階段を早足で駆け降りたのである。

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