#6 贈り物
ディアエル様主催のあの胃が痛くなるような舞踏会から数日後。
私が住んでいるスノーローズ家の邸宅に、とんでもないものが届いた。
「ナニコレー……」
エントランスホールに鎮座しているのは、鈍く光る豪奢な装飾が施された巨大な木箱。
いや、木箱なんて生易しいものじゃない。
蓋が開いたそこから溢れ出ているのは、眩いばかりの金貨、銀貨、そして拳ほどの大きさがあるルビーやサファイアなどの宝石の山だ。
(いにしえのゲームに出てくる宝箱?)
なんかファンファーレの幻聴が聞こえた気がする。
私は引きつる頬を押さえながら、その非現実的な光景をまじまじと見つめた。
贈り主は言わずもがなディアエル公爵閣下である。
『美しき氷の薔薇へ。ささやかな朝露の代わりだ』という、相変わらずポエム全開で激重なメッセージカードが添えられていた。
「あの、これ……どれくらいの価値があるの?」
「お、恐れながらお嬢様……」
私が尋ねると、控えていたメイド長がガクガクと震えながら答えた。
「小国の城が……一つ、買えるかと存じます……」
「城!?」
ささやかな朝露の代わりで城が買えるの!?
公爵様の財力どうなってんの!?
前世の金銭感覚が完全にキャパオーバーを起こし、私が白目を剥きそうになっていたその時だった。
「まあ。随分と成金趣味の贈り物が届いたのね。下品だこと」
カツカツとヒールの音を響かせて、二人の女性がエントランスに現れた。
陽の光を透かした氷のような、美しい白藍色の髪を高く結い上げている。
身なりからして、かなりの高位貴族のようだけど。
「えっと……どちら様?」
私は純粋な疑問として首を傾げた。
おばあちゃんの小説にこんな人たち出てこなかったから、本当に顔も名前も知らないのだ。
すると、二人の顔がピクッと引き攣り、怒りでワナワナと震え始めた。
「こ、この小娘……っ! 本家からわざわざ出向いてやった姉に向かって侮辱する気!?」
「昔から可愛げのない気味の悪い女でしたけれど、少し公爵閣下に目をかけられたからって、図に乗るんじゃないわよ!」
あ、ヤバい。
素で聞いただけでめっちゃ煽ったことになってる。
私は心の中で冷や汗をかいた。
どうやらこの二人、本邸に住んでいる私の年の離れた姉たちらしい。
「それにしても、忌々しいわね……」
長姉が扇をギリッと握りしめて、宝箱と私をねめつけた。
「隣国の若き獅子と恐れられ、圧倒的な武力と知略で周辺諸国を平定した、あの冷酷無比なディアエル公爵閣下。王族すら凌ぐほどの莫大な富と権力を持つお方が……どうして、あなたのような真っ黒な髪の女にこんなものを贈るの?」
姉の言葉には、隠しきれない嫉妬と焦りが滲んでいた。
でもさっき下品だの言ってなかった? あの理論だと下品なのディアエル様になるんだけど。
ていうかやっぱりディアエル様って、国境を越えて恐れられるチート級のハイスペックラスボスなんだなあ、と私は内心で謎の感心をしてしまった。
「公爵閣下も、きっとこの黒髪の魔女に騙されているだけですわ。スノーローズの血を引く者は、皆この白藍色の髪を持って生まれるのが誇り……お前のような一族の恥部には、どうせこんな宝の持ち腐れは不要でしょう」
「ええ、これらはスノーローズ本家が有意義に使ってあげるわ。落ちこぼれのお前が主家に貢献できるのだから、感謝しなさいな。さあ、運びなさい!」
姉たちは自分たちの従者に命じ、いにしえの宝箱を強引に馬車へと積み込ませてしまった。
嵐のように現れ、嫉妬と嫌味を叩きつけ、財宝を強奪し、そして嵐のように去っていく姉たち。
ポツンとエントランスに取り残された私は、呆気に取られていた。
「そっか……エリザって、いじめられてたんだなあ」
腕を組み、豪華な天井のシャンデリアを仰ぐ。
原作小説ではエリザベートが悪役令嬢だということは知っていたけれど。
まさか実の家族からこんなあからさまな迫害を受けていたなんて。
「かわいそうだなあ……」
そこで私は、ハッと我に返った。
なんだか今の今まで、一人称視点の映画でも見ているような、完全な『第三者の観察者』のつもりでいたけれど。
(って、私のことじゃん!)
今現在、気味の悪い黒髪だと罵られ、財宝を奪われたのは紛れもなくこの私だ。
なんて悠長に構えていたんだろう。
そうだよ……私はエリザなんだよ。
私はため息をつき、重い足取りで自室へ戻ることにした。
(あれ? なんか話し声が聞こえる)
長い廊下を歩いていると、ふと、角の先からひそひそとした話し声が聞こえてきた。
うちの屋敷の執事とメイドのようだ。
「……お嬢様が可哀想です。あんな風に本家の方々から奪われてしまって」
「ええ……本来なら、スノーローズ家の令嬢として王都の華やかな本邸で生活ができるはずなのに。髪が黒いというだけで、こんな辺境の狭い邸宅に追いやられているのですから」
え? ここ、狭いの!?
私は廊下の陰で、内心激しくツッコミを入れた。
この数日、私はこの屋敷で過ごし、高い天井にふかふかのベッド、手入れの行き届いた中庭を見ては、なんて悠々自適で最高の勝ち組ライフなんだろう〜! と感動しっぱなしだったのだ。
このほぼ城みたいな大豪邸が、貴族の基準だと辺境の狭い左遷先扱いになるというのか。
貴族って贅沢だなあ……としみじみ前世の庶民感覚を噛み締めていると、会話はさらに続いていた。
「でも、最近のお嬢様、少し様子がおかしくありませんか?」
「人が変わったようですよね。以前なら、あんな風に品物を奪われれば激昂して、止めに入らなかった我々に平手打ちが飛んできてもおかしくなかったのに」
ビクッ、と私の肩が跳ねる。
平手打ち? 私が? いや、元々のエリザベートが?
「今は言動も優しいですし、表情もどこか柔らかい気がします」
「それは……ディアエル公爵閣下に気に入られて、上機嫌なだけでしょう。どうせ、その機嫌もそのうち元に戻りますよ。我々下働きの者には、冷酷な『氷の麗人』のままですからね」
執事が苦笑混じりにそう締めくくり、二人の足音が遠ざかっていった。
私は壁に背中を預け、ずるずるとしゃがみ込んだ。
(生まれつきの髪の色で実家から迫害されてたなんて設定、おばあちゃんの小説には書かれてなかったな……)
読者からはただの高慢で性格の悪い悪役令嬢に見えていた。
でも、エリザにはエリザなりの地獄があったんだ。
愛されないから誰も信じない。
見下される前にこちらから見下してやる。
もしかして、彼女が他者に冷たくなったのはその防衛本能のせいだったんだろうか? と考え込んでしまう。
(私が処刑される原因は、やっぱり本人のその態度のせい? それとも他に理由が?)
分からない。
でも、どちらにせよ。
このまま孤立無援の氷の麗人でいたら、ヤバい結末に直行するのは目に見えている。
ディアエル様の寵愛も、いつまで続くか分からないし。むしろあのラスボスは別のベクトルで怖いし。
「よし。他者に優しくしよう」
私は立ち上がり、両頬をパンッと叩いて気合を入れた。
まずは周りの改革からだ。
メイドや執事の態度がよそよそしいし、平手打ちされると思われて怯えられているのは、普通に居心地が悪い。
明日から、この辺境の屋敷を最高のホワイト職場に変えてやる!
そう意気込みながら、私はスキップ混じりの足取りで自室へと向かったのだった。




