#4 私を見ないで
アリスの言葉に、私は心の中で「ちょっと待ったぁぁ!」と叫んでいた。
ヒロインと悪役が踊ってどうするの。
絵面は百合百合しくて嫌いじゃないけど、ここは古いロマンス小説の世界。
運命の出会いを果たした男女が、情熱的なワルツを通じて恋に落ちるのが絶対のセオリー。
このままじゃまずい! なんとか本来のルートに戻して、二人を引き合わせないと!
私は焦って、ブンブンと首を横に振った。
「あ、ありがとう、アリス。でもせっかくの舞踏会なんだから、まずは殿方と踊ったらどう?」
「ええ〜……そんなのつまらないです」
「ほ、ほら! あそこにちょうどいい殿方がいるじゃない!」
私が強引に指差したのは、少し離れたところで所在なさげに立っていた騎士の青年──私の従兄弟であり、本来のメインヒーローである近衛騎士のジュリアンだ。
私に指を差され、ジュリアンがビクッと肩を揺らす。
「ジュリアン! ちょっとこっちに来て!」
「は、はい! 何でしょうか、エリザ義姉上」
忠犬のように小走りでやってきた彼を、私はアリスの前に押し出した。
「ジュリアン、私の代わりに彼女を一曲エスコートしてあげてくれない?」
「えっ、俺がですか?」
「そう! ほら、早く早く!」
ジュリアンは真面目な性格ゆえに、「義姉上のご命令とあらば」と姿勢を正し、アリスに向かって優雅にお辞儀をした。
「……ジュリアン=スノーローズと申します。よろしければ、一曲お相手願えませんか」
差し出された彼の手を前に、アリスは「はぁ……いいですわ」とため息をつき、露骨に眉間にシワを寄せた。
なんですかその渋々すぎる態度は。
運命の相手ですよ。ママ怒るわよ。
ともかく、二人はフロアの中央へと歩み出た。
優雅なワルツの旋律に合わせて、二人のステップが始まる。
透き通った空のような髪をした精悍な騎士と、淡いピンクのドレスを着た亜麻色の髪の可憐な少女。
クルクルと回るたびに光の粒が舞っているようで、まるで映画のワンシーンのように美しい。
「うんうん、やっぱり絵になるなあ」
私は壁際で飲み物を飲みながら、すっかり後方腕組みママ目線で二人を見守っていた。
あの渋々だったアリスも、踊り始めればさすがに様になっている。
ジュリアンも真面目な顔でリードしている。
ここから二人は惹かれ合い、身分差の恋という悲劇の幕が開くのよ。
(いや、待てよ)
私はグラスを持ったまま、ピタッと動きを止めた。
原作小説の展開を思い出す。
たしか、この美しいワルツの最中……二人の邪魔をする存在が乱入してくるはずだ。
『田舎男爵の小娘は、一人で愉快に踊ってなさい!』
そう高笑いしながら、ジュリアンを強引にかっさらい、アリスに恥をかかせて嘲笑う、性格のひん曲がった令嬢が。
(許せない……! なんて性格の悪い女なの!)
私は義憤に駆られた。
せっかくの運命のダンスを台無しにするなんて。
(アリスからジュリアンを奪うなんて絶対にさせない! その悪役令嬢から、私がアリスを守ってみせる!)
私はキョロキョロと周囲を見回した。
派手なドレスを着て、いかにも意地悪そうな顔をした高慢ちきな令嬢はどこだ。早く見つけて牽制しておかなきゃ。
どこだ。どこにいる。
スノーローズ家の令嬢で、ジュリアンの従姉で、氷の麗人と呼ばれるその意地悪な悪役令嬢は──
「………………」
私は、そっと自分の顔を指差した。
(いや、自分やないかい!!!!!!)
盛大なセルフツッコミが脳内に響き渡った。
そうだ、すっかり忘れていた。
アリスをいじめ抜くその最低な悪役令嬢こそ、他ならぬこの私、エリザベート=スノーローズだった! イッツミー!
「ど、どうしよう……」
私はサァーッと血の気が引くのを感じた。
このまま二人のダンスを見守って、邪魔をしないでおく?
いや、それはマズい気がする。
もしここで私が何もしなかったら、原作のフラグがめちゃくちゃになってしまう。
歴史の修正力が働いて、巡り巡って私がもっと悲惨な死に方をするかもしれない。
(やるしかない。ちゃんと心を鬼にして、原作通りの悪役でいてやる……!)
私はグラスをテーブルに置き、両手でパシンと頬を叩いた。
ごめんねアリス、ジュリアン。
これも未来の私の命を守るためなの。
私は氷の麗人の冷ややかな仮面を顔に張り付け、ズカズカとフロアの中央に向かって歩き出した。
周囲の貴族たちが「おお……」と道を譲る。
踊っている二人に近づき、私は扇をバサッと閉じた。
「アリス! そろそろ代わりまひょ!」
アカン。なんか緊張して上ずったし噛んだ。
ひょうきんな老人みたいな口調になってるから。
高笑いは恥ずかしくて無理だったけど、できるだけドスの効いた声で言い放つ。
そして、ジュリアンの腕をガシッと掴み、強引に奪い取ろうとした。
「えっ? エリザ義姉上!?」
驚いたジュリアンがステップを踏み外す。
さらに不運なことに、私も慣れないハイヒールでドレスの裾を踏んづけてしまった。
「あっ」
「危ないっ!」
バランスを崩した私を庇おうとして、ジュリアンが無理な体勢で手を伸ばす。
その結果──お互いのベクトルが複雑に絡み合い、ジュリアンの大きな体がぐらりと後方へ傾いた。
このままでは二人揃ってフロアにぶざまに転がってしまう!
(冗談じゃない、そんな恥ずかしいの絶対イヤ!!)
私は前世のバーで培った『お盆の上のグラスを絶対にこぼさない究極のバランス感覚』を無意識に発動させた。
足を踏ん張り、凄まじい体幹で姿勢を固定する。
そして、倒れそうになるジュリアンの腰にガシッと腕を回し、彼を力強く『抱きとめた』のだ。
ジャァァァン!!
その瞬間、管弦楽団の奏でるワルツが、完璧なタイミングでフィナーレの音を響かせた。
静まり返る会場。
そこにあるのは、漆黒の髪をなびかせた男前な令嬢が、立派な体格の騎士の腰を抱き、床スレスレで支えているという、極めて前衛的で情熱的なポーズだった。
まるで現代アートだ。
至近距離で見つめ合う形になった私とジュリアン。
「…………」
「…………」
なぜか、ジュリアンの顔が、耳の先までボフッ! と音を立てて真っ赤に染まっていく。
数秒の沈黙の後。
会場から、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。
「素晴らしい!」
「なんて情熱的で斬新な締めくくりなんだ!」
「スノーローズ様はダンスまで上手とは!」
いや、違うから! ただバランス崩して耐えただけだから!
前衛的なダンスだと勘違いされてる!
私は震える腕でプルプルしながらジュリアンを引き起こした。
「ご、ごめん、ジュリアン。大丈夫……?」
するとジュリアンは、潤んだ碧眼で私を真っ直ぐに見つめ、ぽつりと呟いた。
「……素敵です、エリザベート義姉上」
「えっ」
目を細め、果実のように頬を染めるジュリアン。
(あれ!? なんかコイツ私に惚れてね!?)
ヒロインみたいな顔で赤面する騎士を前に、私は内心で盛大にツッコんだ。
パッと横を見ると、一人取り残されたはずのアリスが、両手で口を押さえて「あらまあ♡」とニヤニヤ笑っている。
悲しむどころか、完全にこの状況を面白がっていた。
邪魔して原作通りに進めようとしただけなのに。
なんでこうなるの〜!?




