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氷の麗人は営業スマイルを崩さない〜死亡フラグ回避のために愛想笑いしてたら、自分を処刑する公爵様の激重求婚ルートに入りました〜  作者: 雪繁雪那


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3/20

#3 1級フラグブレイカー

 まばゆい光を放つ巨大なシャンデリア。

 室内管弦楽団が奏でる優雅なワルツ。

 色とりどりのドレスが花壇のように揺れる、ディアエル様主催の舞踏会。

 その会場の中心で、私は完全に借りてきた猫……いや、チワワみたいにブルブルと震えていた。


「どうしたんだい? そんなに硬くなって」


 耳元で甘い低音が囁かれる。

 見上げれば、この世のものとは思えないほど美しい銀髪の公爵様が、極上の微笑みを浮かべて私を見下ろしていた。

 やっぱり……彼はホントに美しい顔をしている。

 見てるだけでため息が出るような芸術作品。

 眩しすぎて直視できない。


「私の腕は頼りないかな」


 ディアエル様にエスコートされて会場入りした瞬間、周囲の貴族たちから一斉に悲鳴みたいな歓声と、信じられないものを見るような視線が突き刺さった。


「そ、そんなことないです……ただ、皆様の視線がちょっと……」

「気にする必要はないよ。本当は、私の可愛い氷の薔薇を誰にも見せたくはないのだけれど。君が私のものだと、彼らに知らしめておく必要があるからね」


 相変わらず息を吐くように激重ポエムを繰り出してくる。

 私は引きつる頬を必死に持ち上げて、乾いた愛想笑いを返すしかなかった。


(それにしても、やっぱりすごい人だなあ……)


 ふと視線を巡らせると、壁際で何やらトラブルが起きているのが見えた。

 派手なドレスを着た数人の令嬢たちが、ひとりの小柄な少女を取り囲んでいる。


(あの子は……!)


 淡いピンクの質素なドレス。ふわふわの亜麻色の髪に、大きな琥珀色の瞳。

 彼女がこの世界、古いロマンス小説の本来の主人公──男爵令嬢のアリスだ! 表紙と全く同じアリス!

 原作のアリスは、天真爛漫で花のように愛らしい、正統派の健気なヒロイン。

 でも身分が低いため、こうやって社交界ではいじめの標的にされてしまう。

 そしてこの後、彼女を助けに入る『運命の相手』と出会い、身分差の悲哀に満ちた恋に落ちる……はずなんだけど。


(推しが困ってる! 助けなきゃ!)


 私は咄嗟にディアエル様の腕から離れると、アリスたちの方へ向かって歩き出した。

 扇を開いて口元を隠し、背筋をピンと伸ばす。

 中身はビビりな小市民だけど、外見は泣く子も黙る『氷の麗人』だ。


「ごめんあそばせ。彼女にご用があそばせ。私とお話しあそばせ?」


 あれ? あそばせってこんな多用していいんだっけ? まあ、細かいことは気にしなくていいや。

 そうやって冷たい視線を向けるだけでいい。

 令嬢たちは「これはエリザベート様……!」と蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ふー、緊張した。

 壁際に残されたアリスは、怯えたように肩をすくめて、ギュッと目を閉じている。


「あの、お怪我はありませんか?」


 アリスが、恐る恐る目を開ける。


「あ、エリザベート様……」

「そんな緊張しなくて大丈夫。エリザでいいよ。平気だった?」

「え?」


 きょとんと私を見たあと、彼女は何度かパチパチと瞬きをして。


「噂の恐ろしい『氷の麗人』様って、もっと血も涙もない怖い人かと思ってました……」

「えっ?」

「フフッ、私アリスって言います。助けていただいてありがとうございます、エリザベ──エリザ様っ」


 アリスは無垢な少女のように微笑んだ。


「実は私、こういう堅苦しい場所って本当に息が詰まっちゃって。早くお家に帰りたいなって思ってたんです」

「あ、そうなんだね」


 それは私も同感。


「ええ。それに、誰かと運命の恋に落ちて悲劇のヒロインになるなんて、絶対にお断りですし。私はもっと自由に楽しく生きたいんです」


 さらりととんでもないことを言う。

 ヒロイン自身が原作の悲恋ルートを全力で拒否しているじゃないの!


「あ、そうだ。エリザ様って呼んでもいいですか? 私、エリザ様となら仲良くなれそうな気がします!」


 グイッと距離を詰めてくるアリスに、私が戸惑っていると。


「エリザ義姉上」


 カツカツと硬い足音を響かせて、ひとりの青年が近づいてきた。

 輝くような白藍色の髪に、真面目さを絵に描いたような碧眼。

 隙のない近衛騎士の制服。

 エリザの従兄弟であり、本来ならこの舞踏会でアリスと運命の出会いを果たす騎士──ジュリアンだ。


「何やら騒ぎがあったようですが……そちらのお方は?」


 本来の小説なら、ここでジュリアンがアリスを気遣い、二人の視線が絡み合って恋に落ちる。


「お気遣い痛み入りますわ、騎士様。ですが、エリザ様が助けてくださったのでもう大丈夫です」

「そうか。エリザ義姉上が……それは良かった」


 ジュリアンもホッとしたように微笑んだ。

 けれど……それだけだった。

 二人の間に火花が散るような情熱的な視線の絡み合いも、頬を染め合うような初々しい反応もない。

 ただの『見知らぬ礼儀正しい男女』の会話で終わってしまったのだ。


(あれえ? 運命の出会いは?)


 私は内心で激しく首を傾げた。

 天真爛漫なヒロインと、真面目な騎士の恋。

 それが始まる気配が微塵もない。なんで?

 記憶の糸を必死に手繰り寄せる。

 おばあちゃんの小説だと、たしか……ジュリアンが意地悪な令嬢たちからアリスを庇って追い払い、震える彼女に優しく手を差し伸べる。

 そして感謝するアリスと共に踊り、身分差の恋に落ちるのだ。


(……あっ。私が先に助けちゃったから、ジュリアンの見せ場が消滅してる!?)


 しまった。私が『主人公を助けなきゃ!』と余計な手出しをしたせいで、彼らの運命の出会いを私が疎外してしまったのだ。

 激しく後悔する私をよそに、アリスはジュリアンから視線を外し、私の腕にギュッと抱きついてきた。


「それよりエリザ様。私と一曲どうでしょうか? せっかくの舞踏会ですし、堅苦しいお話よりエリザ様と舞いたいですわ」

 

 ヒロインに熱烈に懐かれ、腕を引かれる悪役令嬢。

 なにこれ? どうしてこうなったの?

 そしてその奇妙な光景を、少し離れたバルコニーから、ディアエル様が底知れない蒼い瞳で静かに見つめていたのだった。

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