#33 それでも姉だから
「人手を補充しに行くわ」
「えっ、リザ様!? あそこは公国の重罪人が収容される監獄ですよ!」
慌てるアリスを制し、私は堂々と監獄の門番へと歩み寄った。
この実力主義のフヴィート公国では、囚人を労働力として『金で身請け』できる制度があるというのを、お店の常連客から聞いたことがあった。
もちろん、とんでもない額の保証金が必要になるが……今の私にはその資金がある。
門番との交渉と多額の保証金の支払い。
そして『王弟殿下の猶子』という絶大な身分証の提示により、手続きは驚くほどスムーズに進んだ。
「ここね」
監獄の冷たい面会室。
ガチャリと重い鉄扉が開き、鎖を引きずりながら二人の女性が連れられてきた。
「……何の用よ。また石切り場へ引きずり出すつもり……?」
「もう嫌……お父様……助けて……」
泥と煤にまみれ、かつての華やかなドレスではなく、ボロボロのチュニックを着せられた二人の令嬢。
美しい白藍色の髪は無惨に汚れ、その顔には疲労と絶望が色濃く刻まれている。
正直、ちょっと見ていられない。
長女カトリーヌ姉様と、次女ジョスリーヌ姉様だった。
「お久しぶりですね、お姉様方」
私が伊達眼鏡を外し、ウィッグを少しずらして地毛の黒髪を見せると、二人は硬直した。
「え、エリザベート……?」
「な、なんで……あんた、公爵の手で処刑されたんじゃ……っ!?」
信じられないものを見るような二人の目に、やがて屈辱と怒りの色が浮かんだ。
「あんたのせいで! あんたが公爵をたぶらかしたせいで、私たちはこんな地獄のような場所で石を運ばされているのよ!」
「そうよ! 黒髪の忌み子のくせに、なんであんたが生きていて、私たちがこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
相変わらずだなあ。
極限環境に身を置いても、その態度は崩れないらしい。
鉄格子越しに叫ぶ二人に私は静かに告げた。
「お二人を私が身請けしました」
「……は?」
「多額の保証金を払い、お二人を私の監視下に置くという条件でここから出します。あなたたちの身柄は私が金で買いました」
姉様たちがゴクリと息を呑んだ音が聞こえる。
そして、怒りで顔を真っ赤にして鉄格子を叩く。
「ふざけないで! 自分を虐めていた私たちを奴隷にして、一生こき使って弄ぶ気でしょう!? どれだけ私たちを愚弄すれば気が済むの!」
「い、嫌よ……あんたの奴隷になるくらいなら……!」
ジョスリーヌ姉様は泣き崩れそうになりながらも、チラリと後ろの石切り場への扉を見た。
奴隷は嫌だけど、あの地獄のような強制労働に戻るよりはマシかもしれない──そういう葛藤がその顔にはっきりと書いてあった。
「勘違いしないでください」
私は小さくため息をついて首を振った。
「奴隷にして弄ぶ趣味なんてありません。ここを出たら鎖を外して自由にします。その代わり私のお店を手伝ってください」
「……お店?」
「ええ。あなたたちは性格は最悪で陰湿でヒステリックだけど……外見だけは文句なしの絶世の美女ですからね」
この最高級のビジュを持つ白藍色の令嬢二人が、綺麗にドレスアップしてサロンに立てば、どれだけの貴族が店に通い詰めるか。
これ以上の広告塔はない。
「自由にして、お店を手伝わせる……? どういうことよ。あんたをあんなに虐げた私たちを、なんでそこまでするの……?」
カトリーヌ姉様が、理解できないといった様子で震える声を出した。
私はあの星降りの崖で、お父様から聞いた過去を思い出した。
黒髪のお母様を失った絶望。
本家の呪縛。
そしてその反動で姉たちを甘やかし、性格を歪ませてしまったお父様の弱さ。
「……あなたたちもお父様の弱さと、スノーローズ家の過去の運命に振り回されただけの身分だからです」
「え……?」
「あなたたちが私を憎むように仕向けられたのも、全部大人の事情のせい。お父様はそれをずっと後悔していましたよ」
私の言葉に、姉様たちは目を見開いた。
「それに……なんだかんだ言っても私たちは家族でしょう? 家族がこんなところで泥まみれになっているのを、放っておけるわけないじゃないですか」
私が真っ直ぐにそう告げると。
カトリーヌ姉様とジョスリーヌ姉様は、まるで糸が切れたようにその場にへたり込んだ。
ポロポロと、泥に汚れた頬を涙が伝う。
「なによ、それ……あんたなんかに同情されて……っ!」
「うあああぁぁ……っ!」
二人は何もかも投げ打って子供のように声を上げて泣きじゃくった。
今まで抱えていた恐怖、屈辱。
すべて涙となって溢れ出しているようだった。
客観的に見て、エリザからして……この姉たちを許すのが正しいのかは分からない。
でも、私は私として。
姉たちに贖罪の機会を与えてやることにした。
きっと……これでいいんだ。
「ほら、さっさとお店に帰るよ。今日から死ぬほど働いてもらうから覚悟してね!」
私は二人に手を差し伸べた。
こうして、かつて私を虐げていた姉たちは、看板娘として私の仲間に加わったのだった。




