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氷の麗人は営業スマイルを崩さない〜死亡フラグ回避のために愛想笑いしてたら、自分を処刑する公爵様の激重求婚ルートに入りました〜  作者: 雪繁雪那


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#32 予想外の邂逅

 あの日から数日間。

 王弟殿下は王都に滞在している間、毎日のようにお忍びで『銀の梟亭』へと足を運んでくださった。


「本日は少し冷え込みますから、体を温めるスパイスを効かせた赤のホットワインと、鹿肉のローストをご用意いたしました」

「ほう、これは素晴らしい。リザ、君の給仕は毎日私を驚かせてくれるな」


 殿下は出されたワインを一口飲み、満足げに目を細めた。

 ふふふ、やっぱ私の知識は便利だ。

 私は経験をフル稼働させて、彼の体調や気分に合わせた完璧なマリアージュを提供し続けた。

 そして、殿下が公国を去る前夜のこと。


「──リザ。いや、スノーローズ伯爵家の三女エリザベート嬢」


 食後のハーブティーを出そうとした私に、殿下は静かに──しかしはっきりとした声でそう呼びかけた。

 思わず凍りついた。

 カウンターの奥で片付けをしていたジュリアンがピクリと反応しアリスも息を呑む。

 でもなんとなく……バレてるんじゃないかな? って心のどこかでは思ってたから、取り乱すことはしなかった。ギリギリだけど。


「……お気づきでしたか、王弟殿下」

「隠すつもりがないなら気付くさ」


 殿下はカップを手に取りながら笑った。


「その洗練された貴族の所作。そして何より、王国の元近衛騎士である彼が、君を命がけで護衛するように付き従っているのだからな」

「も、申し訳ありません、義姉上!」


 ジュリアンが慌てて頭を下げる。

 殿下は楽しそうに笑い声を上げ、それからスッと真剣な眼差しになった。


「処刑されたはずの令嬢が、なぜこんな場所で給仕の真似事をしている? あの氷のように冷たいフヴィートの公爵が、君をただ逃がすとは思えんが」


 やっぱり敵わないな……隠し事はできないっぽい。

 私は誤魔化すのをやめ、真っ直ぐに殿下の瞳を見つめ返した。


「逃げたわけではございません。私は……ディアエル公爵閣下の隣に堂々と立つために、この公国で私自身の価値と身分を証明しようとしているのです」


 私の覚悟を聞いた殿下はしばらくの間、じっと私を見つめていた。


「……面白い」


 やがて、殿下は深く嘆息した。


「君は、公爵の用意した安全な鳥籠に収まることを良しとせず、自らの足で立つ道を選んだというのだな。この実力主義の公国で身一つで成り上がろうと」

「はい。誰にも文句を言わせない公爵夫人にふさわしい地位を手に入れてみせます!」

「はっはっは! これは痛快だ。あの計算高く隙のない公爵が、とんでもないじゃじゃ馬に惚れ込んだものだ」


 殿下は腹の底から笑った後、ふと真面目な顔に戻り私に向かって静かに告げた。


「エリザベート。君のその気概と、私の体を心底気遣ってくれたその見事な接客の心意気……私は大変気に入った。公爵の隣に立つための立場が欲しいのだろう? ならば、私の猶子にならないか?」

「えっ……?」


 予想もしていなかった言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 ゆうし。

 猶子というのはつまり名目上の養子のことだ。


「遺産や王位継承権を与えることはできないが、名前と箔だけなら貸してやれる」


 殿下はいたずらっぽくウインクをした。


「王弟の猶子。この肩書きがあれば、君の素性がどうであれ、王国も公国も君が公爵の正妻になることに表立って文句は言えまい。私が形だけでも後ろ盾になってやろう」


 それは……ディアエル様と対等に渡り合うための、これ以上ない最強のカードだった。

 もちろん、こんな大層な肩書きをタダでくれるわけじゃないのは分かっている。

 殿下としても、フヴィート公国との強力なパイプを持つための一種の政治的投資なのだろう。

 でも、今の私にとっては、喉から手が出るほど欲しい立場だった。


(使えるものは、なんでも使うって決めたんだから!)


 私はスッと居住まいを正す。


「そのありがたいご提案、謹んでお受けいたします……王弟殿下」

「ああ、よろしく頼むよ。娘よ」


 こうして私は、王弟殿下の猶子という、最強の後ろ盾を手に入れたのだった。


 ────

 ──


 王弟殿下が満足げに帰国されてから数ヶ月。

 書簡を渡され、正式に殿下の猶子となった私。

 支配人代行として仕切る『銀の梟亭』は、見違えるほどの活気を取り戻していた。


「リザ様! 三番テーブルのお客様から追加注文です!」

「了解! ジュリアン、次のお料理のサーブお願い。アリスは空いたグラスを下げてね」


 私たちの完璧なマリアージュと接客は、公国の貴族たちの間で瞬く間に噂となり、連日予約で満席の状態が続いていた。

 酸っぱい甘ったるいと不評だったワインたちは、温度管理と料理との組み合わせによって魔法のように極上の一杯へと変わり、飛ぶように売れていく。


「リザくん……いや、リザ様! 本当にありがとう!」


 営業終了後。

 本日の凄まじい売上金が詰まった袋を抱きしめながら、店長が滝のような涙を流して私を拝んでいた。


「私の代で店を潰すところだったのに……君は女神だ! 公国のワインの本当の価値を君が引き出してくれたんだ!」

「大げさですよ、店長。でも、これで借金は返せそうですね」

「ああ! もちろん、君への報酬もたっぷり弾ませてもらうとも!」


 これでひとまず最初の実績はクリアだ。

 資金も手に入ったし、王弟殿下の猶子としての身分証明も無事に届いている。


 翌日──私は買い出しも兼ねて、アリスと共に公国の中心部から少し離れた区画を歩いていた。


「お店、大繁盛ですねエリザ様」

「ふふふん。バーで鍛えた私の接客術を舐めないでよね……ん?」


 ふと、高い石壁に囲まれた物々しい施設の横を通りかかった時のことだ。

 入り口には重武装の公国騎士が立っており、『公国第一監獄・強制労働区』と書かれた看板が掲げられている。

 どうやら、公国の大罪人たちを収容し過酷な労働をさせている場所らしい。

 ガシャンガシャンと重い鎖の音が響き、施設の奥から、石を運ぶ囚人たちの列が見えた。

 私は何気なくその列に目をやり──思わず足を止めた。


「嘘……」


 泥と煤にまみれた囚人服を着て、フラフラと歩いている二人の女性。

 その髪は泥で汚れてはいるものの、見覚えのある美しい『白藍色』をしていた。


「あれって……」


 カトリーヌ姉様とジョスリーヌ姉様。

 姉たちが公国のこんな過酷な監獄に?

 あ、なんか察したかも。

 ディアエル様が手を回して、自分に牙を剥いた者を徹底的に痛めつけるために……なんて恐ろしい。


「エリザ様、どうされましたか?」

「アリス。ちょっと人手を補充しに行くわよ」


 私は伊達眼鏡をくいっと押し上げると、監獄の門へと歩き出した。

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