#28 私の覚悟!
私の妻──ハナスタシア。
彼女は同じ伯爵家の生まれで、親同士が取り決めた政略結婚の相手だった。
だが、白藍に染まった退屈な私の世界に、彼女は鮮やかな色を与えてくれた。
夜の帳のように深い黒髪をなびかせ、太陽のように笑う。
私には勿体ないくらいの明るく華のような女性だった。
彼女は私に、本当の世界の美しさを教えてくれた。
もちろん、スノーローズ本家は二人の結婚に猛反対した。
白藍を尊ぶ我が一族において、相反する黒髪は穢れであり、決して交わってはならない忌み嫌われるものだったから。
だが私は彼女の手を離さなかった。
周囲の反対を押し切り、二人で嵐を乗り越え結ばれた。
やがて長女カトリーヌが、次女ジョスリーヌが生まれた。
二人とも私に似た白藍の髪を持っていたことで本家も安堵し、私たちの幸せは永遠に続くのだと──そう信じて疑わなかった。
だが、運命は残酷だ。
三女──ハナスタシアと同じ黒髪のエリザベートを産み落とした直後。
妻は若くして重い病に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
冷たくなっていく手を握りしめ、私は何度も神に祈った。私の命と引き換えに彼女を救ってくれと。
だが、その手が私を握り返してくることは二度となかった。
『黒髪の呪いだ』
『忌み子がスノーローズに災いをもたらしたのだ』
心無い親族どもはそう噂した。
私は怒り狂い、その口を塞いで回った。
そんなわけがない……彼女は私の光だったのだからと。
しかし、どうしようもないほどの喪失感と孤独が、次第に私の心を蝕んでいった。
段々と人々の呪詛が脳裏に焼き付いて離れなくなった。
『呪いなんじゃないか?』
そう思わなければ、どうしてこんな理不尽に彼女が奪われたのか納得することなどできなかった。
私は弱かった。
何かのせいにしなければ、狂ってしまいそうだったのだ。
────
──
「……日に日に、ハナスタシアに似てくるお前を見るのが私は耐えられなかったのだ」
風の音に混じって不器用な懺悔が聞こえた。
お父様は足元にある小さな白い石──お母様の墓碑を、愛おしそうにそっと撫でた。
「ここは、ハナスタシアと結婚前に初めて訪れた場所だ。お前の母はここに眠っている」
そっか……そうだったんだ。
本家の墓地には入れなかったお母様が、ひっそりと眠る場所だったのだ。
「私は逃げた。本家の悪意からお前を守るという名目でお前を辺境へ追いやった。妻を奪ったお前から、目を背けるために……妻の面影を探して甘やかしすぎたカトリーヌやジョスリーヌがお前を激しく憎み、虐げるようになるのを止められなかったのも、すべては私の弱さゆえだ」
お父様はゆっくりと顔を上げ、私を見た。
「だからこそ……あのディアエル公爵閣下がお前を愛し、その絶大な権力をもって生涯守り抜いてくださると聞いた時。私は、たとえお前を売った外道と恨まれても、お前をあの方に託すのがせめてもの罪滅ぼしだと思ったのだ」
それが……お父様の真実。
エリザベートの全てなんだ。
エリザを辺境にやったのは単純に憎かったからでも、守るためだけの完璧な親心でもなかった。
最愛の妻を失った絶望。
呪いと思いたかった弱さ。
似ている娘への複雑な感情。
そして──姉たちの増長を止められなかった後悔。
色々なものが重なり合って、お父様は一人で苦しんでいたのだ。
「……お父様のバカ」
ポロリと。
私の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
それは、エリザとしての言葉だったのか、悪役であるエリザに憑依した私が感情移入して出た言葉だったのかは分からない。
「なんでそんなこと、今まで言ってくれなかったのよ……私、ずっと自分のこと誰からも愛されない、ただの嫌われ者なんだって思ってたのに」
袖で乱暴に涙を拭う。
お父様はハッとして微かに目を瞠った。
「私が……公国の離宮で、鳥籠のペットとして一生暮らせば、それで私は幸せだと本気で思ったんですか」
「……閣下の愛は本物だ。お前はもう二度と、本家の冷たい視線や、明日を生きる恐怖に怯えなくて済む」
「そんなの幸せじゃない!!」
私は風の中、ありったけの声を張り上げた。
「お父様もお母様も、周りの反対を押し切って堂々と結ばれたんでしょう!? だったら、どうして私にだけ日陰の女になれって言うのよ!」
「エリザベート……?」
「私はもう逃げない。辺境にも誰かの鳥籠の中にも!」
私は亡きお母様が眠る墓碑と、立ち尽くすお父様を真っ直ぐに見据えた。
「お父様に堂々と顔を見せられるような……黒髪のままで、誰にも文句を言わせないような立派な公爵夫人になってみせる! だから、偽装処刑の汚名なんて被らないでよ!」
長年の呪縛を断ち切るような宣言。
お父様は言葉を失い、ただ私を見つめ返していた──その時だった。
「──素晴らしい覚悟です。エリザベート様」
花畑の影。
小高い丘を登ってくる道の先から、静かで冷徹な声が響いた。
「なっ……公国の騎士団!?」
お父様が咄嗟に私を庇うようにして前に出た。
そこに立っていたのは、フヴィート公国宰相レイドラーと重武装の騎士たちだった。
やっぱり……ディアエル様の追手はすぐそこまで迫っていたのだ。
「ですが、その美しい演説の続きは、閣下の御前でお願いいたしましょう……さあ、愛の巣へお戻りください」
レイドラーが慇懃に一礼し、騎士たちが私を取り囲もうと動く。
ここで抵抗しても無駄なことは分かっている。
それに、私もいつまでも逃げ回るつもりはない。
ディアエル様に私の覚悟を叩きつける時が来たのだ。
「……ええ。戻るわ」
私は、お父様の背中から堂々と進み出た。
「私の意志で、ディアエル様と決着をつけにいく!」




