#27 白き花の丘
私たちは夜通し森を駆け抜け、どうにか王都の片隅へと帰り着いていた。
太陽が高く昇った昼下がりの王都。
私は目立たないよう、くすんだ茶色の厚手のマントをすっぽりと被り、フードを目深に下ろして王都の裏路地を歩いていた。
「……うー、息苦しい」
「我慢してくださいね〜エリザ様。今、世間ではエリザ様は『公爵の手によって極刑に処された大罪人』ということになっていますから」
隣を歩くアリスが、周囲を警戒しながら小声で言う。
そう、私は死人なのだ。
もしここで私の生存がバレたら、ディアエル様の顔に泥を塗るだけでなく、匿っていたことがバレて国際問題になりかねない。
そうなれば、今度こそスノーローズ家は破滅だ。
なんか今までで一番緊張するかもこれ……抜け出したのは自分なんだけどね。
「義姉上。宿屋の裏口で本邸に出入りしている商人と接触してきました」
先行して情報収集をしていたジュリアンが、小走りで戻ってきた。
彼も騎士の制服を脱ぎ、平民の格好に変装している。
「お父様は本邸にいるの?」
「いえ。本邸に直接忍び込む隙を探っていたのですが……どうやら本日は、伯爵様はたった一人で馬に乗り、王都の町外れにある星降りの崖へ向かわれたそうです」
「星降りの崖?」
「はい。季節外れの白い花が一年中咲き誇る美しい場所ですが……あそこには何もありません。なぜ護衛もつけずに一人で向かわれたのか……」
ジュリアンは不思議そうに首を傾げたが、私にはなんとなく予想がついた。
一人になりたい理由がある場所。
誰にも聞かれたくない言葉を紡ぐ場所……多分、そういうことなのかな。
「行くよ。そこなら誰の目も気にせずにお父様と話せるはずだし」
私の胸は激しい緊張で早鐘のように打っていた。
ずっとエリザを嫌っていると思っていた父親。
でもあのディアエル様の書斎で見つけた手紙には、普通な何かを感じた。
お父様はエリザのことを愛してくれていたの?
それとも、やっぱりただの勘違い?
期待と不安が入り混じり足が震えそうになる。
でも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「ここ……かな」
王都の喧騒から遠く離れた小高い丘を登り切った先。
ジュリアンの言った通り、そこは一面に可憐な白い花が咲き誇る静かで美しい崖だった。
吹き抜ける風が花を揺らす中。
崖の先端、王都の街並みを見下ろすようにして、銀に白藍色が混ざった髪の男性が一人で佇んでいた。
スノーローズ伯爵──お父様だった。
「ジュリアン、アリス。ここで待っていて」
私は二人にそう告げると、一人でゆっくりと花畑の中を進んでいった。
カサリと草を踏む音が響く。
「……誰だ。今日は誰も近づけるなと命じておいたはずだが」
背中を向けたまま、お父様が冷たく低い声で言った。
私は足を止め、深く息を吸い込んだ。
「お久しぶりです。お父様」
私がマントのフードをパサリと後ろへ脱ぎ捨てると、お父様の肩が少し跳ねた。
彼は信じられないものを見るかのようにゆっくりと振り返る。
処刑されたはずの三女の姿を見て、お父様は一瞬だけ硬直した。
「……エリザベートか」
「はい。処刑されたはずの幽霊がお話を聞きに参りました」
お父様は悲鳴を上げるわけでもなく、腰の剣を抜くわけでもなく。
ただ、信じられないほど静かに……そして冷静に私を見つめていた。
「驚かれないんですね」
「…………」
「私が生きていると……ディアエル様の手によって、王都からこっそりと隠し連れ去られただけだとお父様は最初から知っていたんですね」
私の言葉にお父様は痛ましげに顔を歪め、視線を足元の白い花へと落とした。
やっぱりそうだ。
お父様はあの偽装処刑の全貌を知った上で、私をディアエル様に明け渡したのだ。
「なぜ、ここに来たのだ。お前は公国で公爵閣下の庇護の下、永遠の平穏を得たはずではなかったのか。どうやってあの厳重な監視を抜け出してきた」
「抜け出してきたんです。確かめたいことがあったから」
「確かめることだと?」
「ええ」
私は真っ直ぐに父親の瞳を見据えた。
「公国の離宮で手紙を見ました。ディアエル様の書斎にあったお父様からの手紙です」
その瞬間、お父様の冷静な仮面がわずかに崩れ目が見開かれた。
「なっ……! 閣下は、あの手紙を処分していなかったというのか……!」
「偽装処刑とはどういうことですか!? あの手紙にあった言葉とは? 私のために汚名を被るとはどういう意味ですか!?」
私は一歩前に踏み出し、溜め込んでいた感情をぶつけた。
「教えてください、お父様! 私を辺境に追いやったのは、私が憎かったからじゃないんですか!? 私の本当のルーツは何なんですか!」
風が吹き抜け二人の間の沈黙をさらう。
お父様はしばらくの間、苦しげに顔を伏せていたが……やがて、諦めたように長く重い息を吐いた。
「……そうか。知ってしまったのなら、仕方がないな」
お父様はゆっくりと顔を上げ、私を見た。
その瞳にはこれまでの冷徹な当主としての色はない。
ただ一人の男の悲しく優しい光が宿っていた。
「死者であるお前になら……話してもいいだろうな」
お父様は自嘲気味に笑うと、足元に咲く一輪の白い花をそっと撫でた。
「お前も知っての通り、スノーローズ家において『黒髪』は、災いを呼ぶ穢れた血……決して許されざる忌み子として扱われる」
「……はい」
だから私は、幼い頃から姉たちや親族に苛められ、日陰者として生きてきた。
それが原作におけるエリザベートの運命だったから。
「だがな、エリザベート」
お父様は私を真っ直ぐに見つめ、あの手紙に書かれていた最大の謎を口にした。
「私の妻……つまり、お前の母親は。お前と同じ、美しい黒髪の女性だったのだ」




