#26 真実を探しに
深夜──静まり返った離宮の私の部屋で、私はある作業に没頭していた。
「ええと、このシーツと、ディアエル様にもらったこの高そうなドレスの端を固く結んで……っと」
お父様の真意を確かめると決意した私は、即座に行動に移した。
正面の扉には屈強な騎士が立っている。
ならば窓から逃げるしかない……古典的だけどね。
私はディアエル様が湯水のように与えてくれた高級シルクのドレスやシーツを容赦なく引き裂き、長〜い一本のロープを作り上げた。
「ごめんなさいね……私、やっぱり飼われるだけの小鳥にはなれないみたいだわ」
窓を開けると、ひんやりとした夜の森の空気が入り込んでくる。
ここは二階けど真下は草むらになっているから、落ちても即死はしないはずだ……多分。
私は自作のロープの一端をベッドの脚に頑丈に結びつけ、もう一端を窓の外へと垂らした。
「よし。行くわよ、エリザベート」
ドレスの裾をまくり上げ窓枠に足をかける。
ロープを握りしめ、ゆっくりと壁伝いに降りていく──しかし。
「あっ……!」
シルクという素材は、非常に滑りやすいのだということを私は失念していた。
半分ほど降りたところで、スルリと手から布が滑り抜ける。
私の体は夜の闇の中へと真っ逆さまに落ちていった。
「ふんぎゃあああーっ!?」
受け身をとろうと目を閉じたその瞬間。
「ぐふっ!?」
「……えっ?」
地面に叩きつけられるはずだった私の体は、なぜか力強い腕によってふわりと空中で受け止められた。
「義姉上……! 無茶をなさる!」
「え? ジュ、ジュリアン!?」
目を開けると、そこには王都にいるはずのジュリアンの顔があった。
そしてその隣の茂みからガサリと音を立てて小さな影が飛び出してくる。
「エリザ様ぁぁっ! ご無事でよかったぁ!」
「アリス!? なんで二人ともこんなところに!?」
「助けに来たに決まってるじゃないですか! 公国の兵士たちの巡回ルートをジュリアン様が読んでくれて、ちょうどこの真下まで忍び込んできたところだったんです!」
アリスが涙目で私に抱きついてくる。
そんな奇跡みたいなタイミングある!?
いや、でも本当に助かった。
「……二人とも、ありがと」
「感動の再会は後です。巡回の騎士が戻ってきます。急ぎましょう」
ジュリアンに促され、私たちは夜の森へと駆け出した。
走りながら私は二人に告げる。
「ジュリアン、アリス。確かめなきゃいけないことができたの」
「確かめること、ですか?」
「ええ。王都の、スノーローズ本邸へ向かってくれる? お父様に直接会って、聞きたいことがあるの」
私たちは夜の闇に紛れ、王都へと続く道なき道をひたすらに進んでいった。
────
──
翌朝──フヴィート公国の離宮は、水を打ったような静寂と凍りつくような緊張感に包まれていた。
「……申し訳ございません、閣下! 我らが警備を固めておきながら、まさか忽然と姿を消されるとは……!」
離宮の廊下で、警備の任に就いていた騎士たちが一斉に冷や汗を流しながら平伏していた。
政務を終え、愛しい存在を抱きしめるために戻ってきたディアエルは、騎士たちの報告を聞いてピタリと足を止めた。
「……何?」
エリザベートが消えた。
その予想外の事態に、ディアエルは小さく眉を顰めた。
彼自身の足でエリザの寝室へと入る。
そこには、ベッドの脚に結びつけられたまま窓から垂れ下がる無惨に引き裂かれた高級ドレスのロープがあった。
「ほう」
ディアエルはその泥臭い脱出の痕跡を見て、一度だけ目を瞬かせた。
そして、何か思い当たる節があったのか無言のまま踵を返し、己の書斎へと向かう。
仄暗い書斎の机。
そこに近づいたディアエルは、引き出しがわずかに開けられ、中に入っていた『スノーローズ伯爵からの手紙』が動かされた痕跡を見つけた。
「……書斎か。やはり手紙は破棄すべきだったかな」
ディアエルは静かに息を吐いた。
自分が与える安全で快適な鳥籠の中で、彼女は何も知らずに一生を過ごすはずだった。
彼女は実家の家族から愛されていない。
だからこそ自分からの愛だけを与え続ければ、やがてそれに依存し、疑うこともなく自分の腕の中に収まるだろうとそう計算していた。
だが、現実は違った。
彼女は自ら真実を見つけ出し、自分の意志でロープを握って窓から飛び降りたのだ。
「……羽根なき小鳥は内なる籠を知る、か」
ディアエルの口から自嘲するような、しかしどこか甘やかな感嘆の息が漏れた。
「私としたことが、浅慮であったな」
その顔に浮かぶ愉悦の笑み。
ただ与えられるだけの愛に甘んじることなく、自分のルーツと向き合うために危険を冒して飛び立った彼女の気高さに、ディアエルはほくそ笑んだ。
「やはり、君は私の心をどこまでも惹きつける」
世間において『エリザベート=スノーローズ』は、ディアエルの手によって処刑された大罪人。
もし彼女が外を出歩き、王国の貴族の目にでも触れれば、公爵としてのディアエルの体面が傷つくのはもちろんのこと、エリザベート自身が再び王国の法と政治的迫害に晒されることになる。
「レイドラー」
背後に控えていた宰相を呼ぶと、ディアエルの瞳は先ほどまでの熱情から一転し、氷のように冷徹な支配者のそれに変わった。
「秘密裏に王都へ騎士を放て。彼女を安全に速やかに連れ戻すのだ」
「はっ……もし、抵抗された場合は?」
レイドラーの問いに、ディアエルは一切の感情を排した声で命じた。
「決して傷つけるな。だが……力ずくでも私の腕の中に連れ帰れ。彼女の居場所は、私の隣以外にはないのだから」
逃げ出した小鳥を捕まえるため、氷の公爵の静かで絶対的な追跡が始まった。




