#24 逃げられない鳥籠
黄金の鳥籠に一生監禁。
ディアエル様から告げられた衝撃の事実に、私の頭は完全にキャパオーバーを起こしていた。
「ま、待ってください! 戸籍上の死って……じゃあ、私の処刑って……」
「もちろん偽装だ。私が君の美しい首を刎ねるわけがないだろう?」
ディアエル様は事もなげに言い放ち、私の髪を優しく梳いた。
「あの夜の密談を聞いていたのだろう? 君が怯えて私から逃げようとしていた理由は分かっていた……怖がらせてすまなかったね」
彼の謝罪の言葉は甘く、まるで宝物を扱うように私を見つめている。
物理的に殺されるわけじゃなかったんだ。
この人は本気で、純粋に……私を愛してくれているんだ。
「な、なら、どうして普通に結婚してくれないんですか? 公爵様の権力があれば、私の実家を説得するくらい造作もないはずじゃ……っ」
私が抗議の声を上げると、ディアエル様は静かに目を伏せ、わずかに自嘲するような笑みを浮かべた。
「君を正妻として堂々と迎え入れたかった……だが、それは不可能だ」
「どうして……」
「君はスノーローズ伯爵家の『三女』だ。対して私はこの公国を統べる公爵。本来であれば、隣国の王族か、それに連なる公爵家の令嬢を娶らねばならない立場にある」
ディアエル様の説明にハッとした。
そうだ。
この人はただのイケメンではなく、国家のトップだ。
そんな人間が、政治的メリットの薄い伯爵家の三女を個人の感情だけで正妻にすればどうなるか。
「私が強引に君と婚姻を結べば、王国や他の有力貴族からの反発は避けられない。有象無象の妬みや政治的思惑が、一斉に君へと向けられるだろう。私は、愛する君が政争の道具にされることなど絶対に許せない」
「政争の、道具……」
「だから、君を『社会的に死んだこと』にする必要があった」
ディアエル様の蒼い瞳が、逃げ場なく私を射抜いた。
「君は、私が夜会で大々的に君への寵愛をアピールしたことを不思議に思っていただろう?」
「……はい」
「あれは、私が傷心の体裁を作るための布石だった」
傷心の……体裁。
あ、そっか。そういうことなんだ。
その言葉の意味を理解した瞬間、私は背筋にゾクッと鳥肌が立つのを感じた。
「世間の目から見れば、私は心から愛した女を、不義密通という裏切りによって自らの手で処刑せざるを得なかった悲劇の公爵だ」
「っ……」
「愛に絶望し、心を閉ざした公爵に新たな縁談を無理強いできる者など王国にはいない。これで私は、生涯独身を貫く完璧な大義名分を得た。誰にも邪魔されることなく、裏で君だけを愛し続けるためのね」
なんという計算高さ。
なんというスケールの大きさなんだろう。
彼は最初から、自分の立場と王国のしがらみを完全に計算し尽くし、姉たちの罠すらも利用して、私を誰にも見つからないこの『離宮』に囲い込むためのシナリオを完成させていたのだ。
根回しの良さに戦慄するけど……それだけ私のことを好きでいてくれたんだ。
「姉君たちがあそこまで愚かな罠を仕掛けてくれたのは、私にとっても僥倖だった。おかげで計画が前倒しになり、こうして君を私の腕の中に迎え入れることができたのだから」
ディアエル様は至近距離まで顔を近づけ、私の首筋にそっとごく軽いキスを落とした。
甘い吐息がかかる。
「これでもう、君を煩わせる家族も、身分の壁もない。君はここで、ただ私からの愛を受け取ってくれればいい……永遠にね」
その微笑みは悪魔のように美しく……そして抗いがたいほどの魅力に満ちていた。
これで、命の危機は去ったんだ。
私を虐げてきた姉たちからの解放も約束された。
残りの一生を、この絶世の美貌を持つスパダリ公爵から、衣食住のすべてを保証され、極上の甘やかしを受けて生きていく。
(……あれ? これって、ある意味ですごく幸せなことなんじゃ……?)
ダメな方向に思考が傾きかける。
前世はしがない小市民。
今世は嫌われ者の悪役令嬢。
そんな私が、働かずに一生養ってもらえる究極のニート生活を手に入れたのだ。
ふかふかのベッドに美味しいご飯。
そして、私だけを愛してくれる完璧な人。
(いやいやいやいや!!)
私はブンブンと首を振って、誘惑を振り払った。
確かに命の危機はなくなったけれど、これは謂わば『軟禁』だ。
結婚じゃなくて事実婚の愛人。
鳥籠の中で彼に飼われるだけのペットだ。
それに、私がここで呑気に暮らしていたらアリスやジュリアンはどうなる?
「あ、あの……ディアエル様。お父様は……伯爵家はどうなるんですか? 私の不祥事のせいで、お父様まで罰を受けるのでは……」
「伯爵はエリザベートの偽装処刑に協力する対価として、私から莫大な援助と不可侵の約束を得ている。スノーローズ家は安泰だ」
「えっ? お父様が協力……?」
私は耳を疑った。
お父様が、私の処刑が偽装だと知っていた?
それどころか、援助の対価として私をディアエル様に売り渡したということ?
「……やはり、私なんて、家にとってはその程度の駒でしかなかったんですね」
自嘲気味に呟いた私の言葉に、ディアエル様は微かに眉をひそめた。
何かを言いかけたようだったが、すぐに表情を戻し私の頭を優しく撫でた。
「過去のしがらみは忘れることだエリザベート。これからは、私が君のすべてになるのだから」
ディアエル様が部屋を出て行った後も、私はしばらくベッドの上で呆然としていた。
処刑の恐怖からは解放された。
でも、代わりに手に入れたのは重い鳥籠。
私の悪役令嬢ライフは、思わぬ形で軟禁ルートへと突入してしまったのだった。




