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氷の麗人は営業スマイルを崩さない〜死亡フラグ回避のために愛想笑いしてたら、自分を処刑する公爵様の激重求婚ルートに入りました〜  作者: 雪繁雪那


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#23 処刑の危機

 朝霧が立ち込める薄暗い街道。

 森を抜けた先で私たちを待ち受けていたのは、道を完全に封鎖するように整列したフヴィート公国騎士団の重武装の列だった。

 そしてその中心には、漆黒の馬車を背にして立つディアエル様の姿がある。


「……終わった」


 私が絶望のあまり呟くと、向かいの席にいたジュリアンが立ち上がり、腰の剣の柄に手をかけた。


「義姉上。私が血路を切り開きます。その隙にアリス嬢と一緒に森の奥へ逃げて……!」

「無理よ! 死ぬ気!? 相手は公国騎士団の精鋭だよ!」


 ただでさえ数の暴力だというのに、それ以前の問題だ。

 距離が離れているこの馬車の中にまで、ディアエル様の放つ絶対的な覇気──殺気にも似た重圧がビリビリと伝わってくる。

 歴戦の近衛騎士であるジュリアンでさえ、剣の柄を握る手が微かに震えているのがわかった。


「……私が行く」

「エリザ様!?」


 アリスが悲鳴のような声を上げた。

 私は震える両脚をどうにか叩いて気合いを入れ、立ち上がった。


「二人ともよく聞いて。あなたたちは私が短剣で脅して無理やり馬車を出させたの。いい?」

「そんな嘘、通用するわけがないでしょう! 義姉上だけを差し出すなど、騎士として──」

「いいから! あなたたちだけでも助かって!」


 私はジュリアンの言葉を遮り、二人の制止を振り切って出る。

 一人でディアエル様の前へと進み出る。


「外の生活は楽しかったかい?」


 彼の氷のように冷たい蒼い瞳が、逃亡者である私を静かに見下ろしていた。


(殺される……でも、せめてあの二人だけは!)


 私は数歩手前で歩みを止め、そのまま冷たい地面にガクッと両膝をついた。


「……ディアエル様。すべての罪は私一人にあります! あの二人は無関係です。私が脅して、無理やり従わせただけなんです!」

「…………」

「公爵様への不敬もすべて私の責任です! だからどうか、あの二人だけはお許しください……極刑でもなんでも、私一人で受けますから!」


 地面に頭を擦り付けんばかりにして懇願する。

 プライドなんてどうでもいい。

 私のせいで、本来結ばれるべき二人を死なせるわけにはいかないのだ。

 沈黙が降りた。

 やがて、頭上から衣擦れの音がした。

 ディアエル様がしゃがみ込み、私の目線に合わせて片膝をついたのだ。


「自ら私の腕の中に飛び込んでくるとは。随分と賢い小鳥だ」


 黒い革手袋に包まれた大きな手が、私の震える肩を抱き寄せた。


「あっ……」

「安心するがいい。お前が望む通り、あの二人には手を出さない……お前一人を、私の城の奥深くで『処刑』してやろう」


 耳元で囁かれた低く甘い声。

 処刑という言葉の絶望的な響き。

 だけど同時に、アリスとジュリアンは助かったんだという安堵感が波のように押し寄せてきた。

 極度の恐怖と、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れる音がした。


「ああ……」


 視界が急激に暗転し、私はディアエル様の広い胸の中に崩れ落ちた。

 遠くでジュリアンとアリスの叫ぶ声が聞こえた気がした。

 けれど私の意識は、そこで完全に途絶えてしまった。


 ────

 ──


「んっ……」


 どれくらい時間が経ったのだろう。

 目を覚ますと、視界には見慣れない豪奢な天蓋が広がっていた。


(……ここは?)


 体を起こそうとして、シーツのあまりの滑らかさに驚く。

 間違いなく最高級のシルクだ。

ベッドも信じられないくらいふかふかで、まるで雲の上にいるみたいに体が沈み込む。

 キョロキョロと周りを見渡すと、白亜の壁に美しい花の彫刻が施された広大で豪華な部屋だった。


(天国……? いや、私が天国に行けるわけないし。ってことは地獄?)


 処刑されたはずなのに、首は繋がっているし痛みもない。

 混乱していると、部屋の重厚な扉が音もなく開いた。


「──目覚めたかい。私の美しい闇桜」

「デ、ディアエル様!?」


 入ってきたのは、漆黒の執務服に身を包んだディアエル様だった。

 えっ? なんで地獄にラスボス公爵がいるの?

 もしかしてこの人も一緒に死んだの!?

 私がパニックでベッドの上で固まっていると、彼は優雅な足取りで近づき、ベッドの端に静かに腰を下ろした。


「気分はどうかな。ここはフヴィート公国、私の本城のさらに奥深くに位置する離宮だ」

「離宮……? あの、私は極刑に処されたのでは」

「ああ。王都では大々的に発表されている頃だろう。スノーローズ家の三女エリザベートは、不義密通と逃亡の大逆罪により、我が公国の手で極刑に処されたとね」

「極刑に処された……えっ?」


 私は自分の体をペタペタと触る。やっぱりどこも痛くない。

「あ、あの! 私、生きてますけど?」

「もちろん。私の手で永遠に生かしているとも」


 ディアエル様は長い指で私の頬をそっと撫で、狂おしいほどの愛を湛えた表情で微笑んだ。


「世間において、エリザベートという貴族は死んだ。あの忌々しいスノーローズという鎖ごと、社会的に完全に抹殺したのだ」

「社会的に……」

「そう。これでお前は誰の目にも触れない。世のしがらみも、王国からの身分違いの横槍も関係ない……これからは、私の腕の中だけで永遠に生きるんだエリザベート」


 狂気じみた愛の告白。

 私はようやくすべての事態を理解した。

 ディアエル様が密談で言っていた殺すというのは、私の物理的な命を奪うことではなく。

 『戸籍上の死』をもって、私を完全に自分のものとして隠し、飼い殺すことだったのだ!


(って、えええええぇっ!?)


 私の処刑回避サバイバルは、まさかの一生監禁という、斜め上のバッドエンドを迎えてしまったのだった。

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