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氷の麗人は営業スマイルを崩さない〜死亡フラグ回避のために愛想笑いしてたら、自分を処刑する公爵様の激重求婚ルートに入りました〜  作者: 雪繁雪那


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22/33

#22 先回り

 王都を脱出し、夜通し馬車を走らせた私たちは、街道を外れた深い森の奥で野営をすることになった。

 パチパチと爆ぜる焚き火の炎が、真っ暗な森を赤く照らしている。


「はい、焼けましたよ! エリザ様、ジュリアン様!」


 木の枝に刺さった香ばしい肉の塊を、アリスが満面の笑みで差し出してきた。

 道中で彼女が仕掛けを作って捕らえた野ウサギの丸焼きだ。

解体から火起こしまで、男爵令嬢とは思えない手際の良さで完遂してしまった。


「あ、ありがとう……アリスって本当に逞しいね」

「よく森で遊んでましたから! さあ、冷めないうちにどうぞ!」


 私はありがたく肉にかぶりついた。

 逃亡の極度の緊張で空きっ腹だったせいか、塩を振っただけの肉が涙が出るほど美味しく感じられる。

 ジュリアンも無言で肉を咀嚼していたが、やがて思い詰めたような顔で口を開いた。


「……義姉上。お腹が落ち着いたところで、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「ん、なに?」

「なぜ、あそこまでして王都から逃亡する必要があったのですか」


 ジュリアンの真剣な碧眼が私を真っ直ぐに射抜いた。アリスも不思議そうに小首を傾げている。


「もちろん、姉君たちの罠は悪質極まりないものでした。しかし、あのディアエル公爵閣下であれば、あのような稚拙な偽装などすぐに見破られたはず。逃げ出したりせず、閣下に直接無実を訴えれば──」

「無理よ」


 私は小さく首を横に振った。

 二人に黙ったまま巻き込んでしまったことには罪悪感がある。

もう、隠し立てはできない。


「誤解を解いたところで意味はないの。だってディアエル様は……あの罠の前から、私を処刑するつもりだったんだから」

「えっ?」

「どういうことですか、エリザ様?」


 目を丸くする二人に、私はフヴィート公国で立ち聞きしてしまった『あの密談』の内容を打ち明けた。

 ディアエル様と宰相のレイドラーが、スノーローズ家の動きを疎ましく思い、『エリザベートという貴族は殺しておかなくてはいけない』と冷酷に語っていたこと。

 寵愛の証だと思われていた口づけや莫大な財宝も、すべては私を大逆罪の罠にはめ、合法的に処刑するための大義名分だったこと。


「そんな……あの閣下が、義姉上を……?」


 ジュリアンは絶句し、焚き火を見つめたまま固まってしまった。

 無理もない。

 彼はディアエル様を百年先を行く偉人として心底尊敬し、あわよくば心酔しかけていたのだから。


「だから逃げるしかなかったの。ごめんね、二人を大逆罪の逃亡犯に巻き込んじゃって……」

「謝らないでください、エリザ様!」


 俯く私の手を、アリスが両手でギュッと握りしめた。


「公爵様がいくらすごい人でも、エリザ様を騙して殺そうとするなんて絶対に許せません! 私たちはエリザ様の味方です。地の果てまで一緒にお逃げしますから!」


 アリスの力強い言葉に、私は思わず目頭が熱くなった。

 なんていい子なんだろう。

 うんうん……この子が本来の主人公で本当に良かった。


「アリス嬢の言う通りです」


 ジュリアンも顔を上げ、迷いを振り切ったような強い眼差しで私を見た。


「閣下への敬意はありました。しかし、私はスノーローズの騎士であり、義姉上の護衛です。どのような権力が相手であろうと、義姉上の命を理不尽に奪おうとするならば……私はこの剣にかけて、義姉上をお守りします」

「ジュリアン……二人とも、本当にありがとう」


 私は静かに涙を拭った。

 いつ追手が来るか分からない絶望的な逃避行だけれど、この二人と一緒なら、なんとか乗り越えられるかもしれない。

 夜もすっかり更け、私は疲労から馬車のシートに横になり、毛布を被って眠りについていた──というのは建前で、実は薄目で外の様子を窺っていた。

 焚き火の番をするために、ジュリアンとアリスが二人きりで外に残っているのだ。

 これは、私が意図的に作り出した『お膳立て』である。


(絶望的な逃避行。夜の森。焚き火を囲む男女……完璧な吊り橋効果のシチュエーションじゃないの!)


 私は息を殺しながら、二人の会話に耳をそばだてた。


「……申し訳ありません、アリス嬢。俺が不甲斐ないばかりに、貴女までこんな危険な目に」


 薪をくべながら、ジュリアンが深く沈んだ声で謝罪した。


「本当に……俺は最低な騎士です。姉君たちの罠に気づけず、あまつさえあの場で毅然と否定することもできなかった。少し、その……動揺してしまって」

「動揺ってエリザ様を押し倒してたことですか?」

「っ! お、お恥ずかしい限りです……」


 ジュリアンが耳を赤くして項垂れる。

 そんな彼を見て、アリスはふふっと柔らかく笑った。


「ジュリアン様って、見た目は立派な騎士様なのに、中身はすごく純情なんですね」

「アリス嬢……俺をからかっているのですか」

「からかってなんかいませんよ。ただ、ジュリアン様は誰よりも誠実で、優しい人なんだなって思っただけです」


 アリスは焚き火の光に照らされた琥珀色の瞳で、ジュリアンを真っ直ぐに見つめた。


「あの場でエリザ様を庇って前に出たのも、今こうして私たちを守ろうとしてくれているのも、ジュリアン様じゃないですか。私は、そんなジュリアン様が一緒にいてくれて、すごく心強いです」

「アリス嬢……」


 ジュリアンは息を呑み、アリスの無垢で力強い笑顔に魅入られたように目を丸くした。

 パチパチと爆ぜる火の粉。

 二人の間に、これまでにない穏やかで、少しだけ熱を帯びた沈黙が流れる。


(あれ? なんか正直期待してなかったけど、なんかよさげな雰囲気じゃない!?)


 私は毛布の下で、音を立てずに渾身のガッツポーズを決めた。

 フラグが立った!

 ついに原作のメインヒーローとヒロインの恋愛フラグが立ったよ!

 やっぱり極限状態でのサバイバルは恋の特効薬だ。このまま逃避行を続ければ、二人の絆は本物の愛へと発展するに違いない。

 私は安心して、今度こそ本当に深い眠りへと落ちていった。


 しかし、私の甘い希望は、翌朝には無残に打ち砕かれることになった。


「義姉上、起きてください! 不味いことになりました!」


 ジュリアンの緊迫した声で飛び起きると、馬車の外には薄暗い朝霧が立ち込めていた。

 私たちは急いで馬車を出し、森を抜けようと街道へ出たのだが。


「嘘でしょ……」


 私は御者台の隣から前方を見て、絶望のあまり声を引き攣らせた。

 森を抜けた先の街道。

 そこには朝霧を切り裂くようにして、漆黒の重装甲の騎士たちがズラリと立ち塞がっていた。

 彼らが掲げているのはフヴィート公国の紋章旗。

 そしてその陣形の中心には、まるで皇帝の玉座のように重厚な黒い馬車が停まっている。


「先回りされていた……!? 王都の裏道から、誰にも見られずに森へ逃げ込んだはずなのに!」


 ジュリアンが信じられないというように呻く。

 甘かったんだ。

 大陸全土に情報網を張り巡らせるあの天才公爵にとって、私たちがどのルートで逃げるか予測するのは容易いことだったのだろう。


『──どこへ逃げようと、最後は私の腕の中に落ちてくるのだから』


 幻聴のようにあの冷たい声が脳裏に蘇る。

 黒い馬車の扉がゆっくりと開き、中から圧倒的な覇気を纏った男が朝霧の街道へと降り立った。

 銀の髪と氷のように冷たい蒼い瞳。

 ディアエル様だった。

 逃避行は──わずか一晩で終わりを告げようとしていた。

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