#17 死の宣告
バルコニーでの衝撃的な出来事から数十分後。
私はどうにか顔の熱を引かせ、ダイニングルームの席へと戻っていた。
「エリザ様、お顔が真っ赤ですけど大丈夫ですか? お熱でも?」
「義姉上、もしや夜風に当たりすぎてお加減が……」
隣に座るアリスとジュリアンが心配そうに覗き込んでくる。
「だ、大丈夫よ。ちょっとワインが回っちゃっただけだから。アハハハ……」
私は引きつった笑いを浮かべながら、目の前に並べられた豪奢なメインディッシュにフォークを突き立てた。
「はもっ……ん」
あ、美味しい。間違いなく絶品だ。
視線を上げると、長大なテーブルの最奥──上座に座るディアエル様と目が合った。
彼は銀のナイフとフォークを使い、絵画のように優雅な所作で食事を進めている。
そして私と目が合うとフッと目元を和らげ、魅惑的な微笑みを投げかけてきたのだ。
(ヒッ……!)
私はビクッと肩を揺らし、慌てて視線を皿に落とした。
『一目惚れした女性に、見返りも求めず全力で尽くそうとするのは、男として当然のことだよ』
バルコニーで囁かれたあの甘く重い言葉が頭の中をグルグルと駆け巡る。
(私に一目惚れ……)
彼は去り際、何でも力になると言ってくれた。
その言葉だけを聞けばただの激甘な溺愛スパダリ公爵だ。
でも本人の圧倒的なオーラを前にすると、どうしても萎縮してしまって肝心な本心を聞けなかった。
ホントに処刑するつもりなの? と。
(一目惚れが本心なのかも分からない。だって、それを加味しても原作でエリザを処刑したっていう事実は変わりはしないんだから……!)
原作のディアエル様は、エリザを断頭台に送った。
もし、あれが愛しているからこそ、自分の手で殺すみたいなサイコパス系のヤンデレ気質ゆえの凶行だったとしたら?
あり得る。
あの底知れない蒼い瞳の奥なら、何が潜んでいてもおかしくない。
(やっぱり、油断は禁物だ。完全に気を許したら、いつ首が飛ぶか分からない!)
私は料理をモグモグと噛み締めながら、改めて用心しなければと心に誓ったのだった。
「本日は素晴らしいおもてなしをいただき、誠にありがとうございました」
豪華絢爛な晩餐会が終わり、帰宅の途につく時間となった。
私たちは宮殿のエントランスホールで、見送りのメイドたちに深く頭を下げた。
ディアエル様は食後すぐに政務に戻られたため、ここにはいない。
「それでは馬車を正面に回させます。少々お待ちください」
ジュリアンがエントランスの騎士に声をかけにいく。
その隙に、隣にいたはずのアリスの姿が忽然と消えていた。
「あれ? アリス?」
キョロキョロと辺りを見回すが、彼女の亜麻色の髪は見当たらない。
(あの子、またどっか行っちゃったの!?)
神出鬼没の主人公アリス。
この広大な宮殿で迷子にでもなられたら厄介だ。
私はジュリアンにアリスを探してくると手振りで伝え、来た道を少し戻ることにした。
「アリスー? どこー?」
小声で呼びかけながら、大理石の敷かれた長い廊下を歩く。
夜の宮殿は静まり返っており、等間隔に置かれた照明だけが淡い光を放っている。
いくつかの角を曲がった先で、ふと重厚な木製の扉が少しだけ開いている部屋を見つけた。
その隙間から、微かに話し声が漏れ聞こえてくる。
(アリス、あそこにいるのかな……)
私は足音を忍ばせて扉に近づいた。
しかし、中から聞こえてきたのはアリスの声ではない。
ディアエル様と、宰相のレイドラーの声だった。
「……スノーローズ……」
「……はい。伯爵は……寄って……」
「……しいな……」
扉が分厚いせいで、声がくぐもってよく聞こえない。
でも、確かに『スノーローズ』と言った。
実家の話?
私は思わず息を殺し、扉の隙間に耳をそばだてた。
二人は何かを淡々と話し合っている。
「事情は……ているが……できない……」
実家の動向か、それとも父親のことか……断片的な単語しか拾えず、文脈は全く分からない。
ただ、その静かな会話の中で。
ひときわ冷たく、決定的な響きを持ったディアエル様の声だけが、私の鼓膜を正確に打ち据えた。
「──エリザベートという貴族は、殺しておかなくてはいけない」
私の中で、何かが決定的にひび割れる音がした。
「……承知いたしました」
レイドラーの同意する声が続く。
私は震える両手で自分の口をきつく塞いだ。
悲鳴が漏れそうになるのを必死に堪え、後ずさる。
(やっぱり……ッ!!)
一目惚れだなんて嘘だったんだ。
私を安心させて、逃げられないように懐に引き込むための甘い罠。
遠くて前後の会話は分からなかったけれど、あの言葉だけははっきりと聞こえた。
間違いなく、私の処刑についての密談だ!
(殺さなくてはいけない……)
その言葉が死の宣告として私の脳裏に焼き付く。
私は音を立てないように踵を返し、泣きそうになるのを我慢して、広大な宮殿の廊下を全速力で走り出した。




