#16 墓穴マシーン
「え……?」
「昼間から、君が小鳥のように街中を飛び回り、あの男爵令嬢と騎士の間を取り持とうと必死に画策していたのは知っているよ。私の目は、この国の隅々にまで届いているからね」
全身の血の気が引いていくのが分かった。
バレていた。
ただ監視されていたというだけじゃない。
私の行動の目的まで、完全に看破されていたのだ。
(どうして……? なんでそんなことまで分かるの!?)
ディアエル様の言葉は、まだ核心を突いていないはず。
でもまるで、私の頭の中にあるその秘密の箱に、直接指を突っ込んできたかのような鋭さがあった。
「彼らは身分が違う。スノーローズの分家とはいえ、君の従兄弟があの男爵令嬢と結ばれることは決してない。そもそも、あの娘があの騎士に惚れているようにも見えなかった。それなのに、君はなぜあそこまでして二人を結びつけようとする?」
ディアエル様の瞳が、獲物を追い詰める捕食者のように細められる。
「この間の饗宴もそうだった。君は二人を会わせようとして何かに葛藤しては、自らその逢瀬を妨害しようとしていた……君はまるで、物語を紡ぐ劇作家のような……そんな、強烈な使命感を君に感じた」
核心を突く質問。
全部……全部バレてた。
私は息を呑み、ディアエル様の恐ろしい美貌から目を逸らすことができなかった。
「それに、君自身についても非常に不可解な点がある」
ディアエル様は、逃げるように目を逸らした私の顎をそっと掴み、再び自分と見つめ合う形へと強引に戻した。
指先から伝わる彼の体温に、ビクッと肩が跳ねる。
「私の耳に入っていた君の性格や悪評と、実際の君の姿があまりにも乖離しているのはおかしな話だ。スノーローズ家の使用人たちからも、最近になって君の態度が急変したと噂が立っている」
「っ……」
「そして先ほどのワインだ。私の公国で作った最新のワインを、君は見事に言い当てた。まぐれかもしれないが、普段から飲み慣れ、醸造の知識まで持ち合わせていなければまず当たらないはずの難問だ。君は本邸を追い出されてから、ずっと辺境の屋敷に引き籠もっていたはずだろう?」
逃げ場のない完璧な理詰め。
掘りまくっていた墓穴が、全部見られてたんだ。
ディアエル様の圧倒的な情報網と分析力が、私の墓穴をガリガリと容赦なく掘り下げていく。
「人はそこまで急激に変わりはしない……君は何者なんだい?」
「ひぃっ……ご、ごめんなさい……!」
私は完全にキャパオーバーになり、パニックを起こしてガタガタと震え出した。
怖い! この人、頭が良すぎる!
このままだと中身は前世の記憶を持ったただの小市民ですって白状させられて、異端審問にかけられて火あぶりにされるか、良くて人体実験のモルモットだ!
「ああっ、どうか命だけは……!」
私が涙目で首をすくめた、その瞬間だった。
「……フフッ」
ディアエル様の口から、小さく息を漏らすような笑い声が聞こえた。
顎に添えられていた彼の手がスッと離れ、代わりに、その長くて逞しい両腕が私の小さな身体をすっぽりと抱きすくめた。
「怖がらせるつもりはなかった。すまない」
耳元で落とされた声は、先ほどまでの冷徹な捕食者のそれではなく、ひどく甘くて優しい響きを持っていた。
「私にとって、無知とは最も恐ろしいことなんだ。その不安をかき消そうと、全てを知りたがり、相手を丸裸にしようとするのは私の悪い癖だ……ただ、君の抱える秘密の力になりたかっただけなんだよ」
肩に回された腕の温もりに、私の震えが少しずつ治まっていく。
恐る恐る顔を上げると、ディアエル様は私を見つめて静かに微笑んでいた。
また……この笑顔だ。
いつも纏っている完璧な冷酷無比のオーラが消え、口調もどこか柔らかくなっている。
公衆の面前では絶対に見せないであろう、彼本来の年相応の温かな微笑み。
(ディアエル様のこの表情、私にしか見せてないのかな……)
なんて、乙女ゲームのヒロインみたいな自惚れが頭をよぎる。
(いやいや、そんなわけないか。こんな百戦錬磨のイケメン公爵様なんだから、こういうギャップで落とすテクニックは手慣れたものに決まってる。騙されないぞエリザ!)
私はブンブンと心の中で首を振り、なんとか理性を取り戻した。
けれど、最大の疑問がまだ残っている。
そもそも、この人はなぜ私なんかに構うのだろう。
「あの……」
「ん?」
「なぜそこまで、私に尽くしてくれるのですか……なんで私なんかに、ここまで構うのですか?」
私が勇気を振り絞って尋ねると、ディアエル様は心底不思議そうに首を傾げた。
「エリザベート。君は空腹時、好物を前にただ寝ているだけの獅子を見たことがあるかい?」
「へ……?」
唐突な問いかけに、私は気の抜けた声を出してしまった。
「ええと……動物園でも、さすがにお腹が空いてたらお肉に飛びつくと思いますけど……」
「そうだろう? 私はそんな獅子の話、聞いたことがない。そんな不条理な獣は存在しないんだ」
ディアエル様は私の腰を抱く手にグッと力を込め、鼻先が触れ合うほどの至近距離まで顔を近づけてきた。
蒼い瞳が逃げ場のない熱を帯びて私を射抜く。
「……一目惚れした女性に、見返りも求めず全力で尽くそうとするのは、男として当然のことだよ」
「…………えっ?」
一目惚れ。
ひとめ……ぼれ?
「ひ……ひとっ!?」
私の脳内で、その四文字が何度もエコーのように反響した。
自分の動機がただの『一目惚れ』だったって、今この人、ものすごくサラッと言った!?
この、何から何まで計算し尽くされた100年先を行く完璧超人ラスボス公爵様が!?
「わ、わわわ、私に一目惚れ、ですか!?」
「ああ。初めてあの舞踏会で君を見た時から、私の心はずっと君に奪われたままだ」
ディアエル様は、真っ赤になってパニックを起こしている私を見て、どこか嬉しそうに目を細めた。
「だからエリザベート。君がどんな秘密を抱えていようと、物語を紡ぐ劇作家であろうと構わない……君が私の腕の中にいる限り、私は君の全てを愛し、守り抜こう」
甘く、重く──けれど絶対的な熱量を持った愛の告白。
ただの処刑フラグだと思っていた彼の執着が、純度百パーセントのド直球すぎる肉食獣の愛情だったなんて。
言え、言え!
私を殺すつもりだったんじゃないんですかって!
今ここで聞くのよエリザベート! さん、はい!
「あぅ……あわわぁ……っ」
あ、ダメだ。口が全然動かない。
もう思考回路は完全にショートしていた。
夜風の吹く美しいバルコニーで、私は顔を真っ赤にして茹でダコのように震えることしかできなかった。




